卦名 名
「鼎」は三本の脚と二つの耳を持つ煮炊きの器の象形である。生のものを煮て熟したものに変える、暮らしの根本の器だ。禹が九州を象って九鼎を鋳てから、鼎は政権と国家の重器となり、「問鼎」「定鼎」などの語が生まれた。
卦象 象


上の離は火、下の巽は木・風。薪を火にくべて煮炊きする姿で、大象は「木の上に火あり」と言う。卦の形そのものが鼎に似ている。初六の割れた線が脚、九二から九四の三陽が食物の満ちた胴、六五が耳、上九が耳に通して鼎を担ぐ鉉(つる)である。「器を制する者は其の象を尚ぶ」の最も直截な例だ。
取象の重なり 層
一つの卦はいくつもの層で読める。八卦は一家の人々(父母・長中少の男女)、六爻は組織の位(新人から君主まで)、さらに自然現象や動物にもなる。層を一つ重ねるごとに、爻辞の意味が深まる。
一家として見る
下卦の巽は長女、上卦の離は中女で、ここでも娘が二人だが、睽や革と違って心が離れておらず、協力している。長女は薪のように下で黙々と火をくべ、中女は火のように上で食物を煮て場を照らす。一人は下で力を尽くし、一人は上で光る。そうしてはじめてよい料理ができる。上下を入れ替えると家人になる。同じ姉妹でも、家人では火が内にあって一家を温め、鼎では木を火にくべて客や祭祀のために煮る。家事が公の務めになったのである。
初六「鼎、趾を顛にす。否を出すに利し。妾を得てその子を以てす」。鼎は遯から変じた卦である。遯では初六は下卦の艮に属し、艮は少男、すなわち「子」である。九二と六五が入れ替わると、上に九三・九四・六五の互兌が現れる。兌は少女、妾であり、初六の正応である九四がその中にいる。子があるからこそ妾を得る。鼎足をひっくり返して滓を出すのは、下からの変動がかえって新しい余地を開くことを示す。
九三「鼎の耳革まる、その行塞がる、雉の膏食われず、方に雨ふりて悔を虧く」。上卦の離は雉で、鼎には肥えた雉肉があるのに、耳が壊れて持ち上がらない。九三は互兌のなかにあり、兌は沢で雨に通じ、また毀折で損なうことにも通じる。よいものがしばらく食べられないが、雨が降り陰陽が和めば悔いは減る。
九四「鼎、足を折る。公の餗を覆す、その形渥る」。四は君主に近く重任を託された大臣だが、担いきれない。九四は互兌のなかにあり、兌は毀折で鼎の足が折れ、兌はまた沢でもあって汁が全身にかかる。「繋辞伝」はこの爻を引き、徳薄くして位尊く、知小にして謀大、力小にして任重ければ、及ばないことは稀だと戒める。
六五「鼎、黄耳金鉉」、上九「鼎、玉鉉」。鼎は耳と鉉があってはじめて持ち上がる。六五は君位で中にあるので黄、鼎の耳にあたる。上に立つ者が虚心で、人が力をかける所を作る。上九は位を退いた長老で、玉のように温かく堅い鉉が耳を通る。剛柔が調和するので「大吉、利しからざるなし」。
鼎を逆さにすると革で、二卦で一組をなす。まず革で古いものを除き、次に鼎で新しいものを立てる。革は大壮から、鼎は大壮の綜卦である遯から来る。鼎を得たら、壊す段階はもう過ぎた。いまの務めは安定させ、人を養い、受け継げるものを築くことだ。
上下を入れ替えると風火家人になる。家人は一軒の家の炉、鼎は宗廟や朝廷の大鼎である。一方は身内の世話をし、一方は多くの人を養い天地を祀る。並べて見ると鼎の責任が分かる。家で身につけた力を、より大きな共同体のために使うのである。
序卦 序
革物者莫若鼎,故受之以鼎。
序卦伝に「物を革むる者は鼎に若くはなし、故に之を受くるに鼎を以てす」とある。物を最も徹底して変えるのは鼎で、生が熟となれば元には戻らない。雑卦伝は「革は故きを去るなり、鼎は新しきを取るなり」と対にする。「革故鼎新」の語はここから来る。
卦辞 辭
鼎:元吉,亨。
鼎は、元いに吉にして、亨る。
卦辞はわずか四字、「鼎は元吉にして亨る」。革が旧局を打ち破り、鼎が新局をしっかりと据える。食材を煮て美味とし人に供するように。ゆえに元吉である。彖伝の結びは「是を以て元いに亨る」で元吉に触れないため、卦辞はもと「元亨」であったとする学者もいる。いずれにせよ、新局を開く良い卦である。
彖伝 彖
彖曰:鼎,象也。以木巽火,亨飪也。聖人亨以享上帝,而大亨以養聖賢。巽而耳目聰明,柔進而上行,得中而應乎剛,是以元亨。
彖伝は「鼎は象なり」、卦名は鼎の形そのものから取る。「木を以て火に巽(い)るるは、亨飪なり」、すなわち煮炊きである。そこから祭祀と政治へ高まる。「聖人は亨して以て上帝を享し、大いに亨して以て聖賢を養う」。まず上帝に献じ、次に民を世話する賢者を手厚く養い、後顧の憂いなく務めさせる。「柔進みて上行し、中を得て剛に応ず」は六五が中にあって九二に応じることを言い、ゆえに元いに亨る。
大象 象
象曰:木上有火,鼎;君子以正位凝命。
「木の上に火あるは鼎なり。君子以て位を正し命を凝らす」。君子は自らの位を正し、受けた使命を凝縮して全うする。鼎はしっかり立ってこそ煮炊きできる。人もまず正しい位置に立ち分を守ってこそ、天命と職責を担える。
六爻 爻
主爻 彖伝の「柔進みて上行し、中を得て剛に応ず」は六五を指す。鼎の耳であり、中にあって九二に応じる、鼎卦の主爻である。
六爻の道筋:下から上へ
初六は鼎をひっくり返し、古い滓を出して、最も低い所から片付けを始める。九二では鼎に中身が入り、それを守って他に気を散らさない。九三は耳が壊れて持ち上がらず、ごちそうはしばらく誰も食べられないが、雨が来ればほどける。九四は上卦に入り君主に近づくが、足が折れ、任が重すぎてひっくり返る。六五は黄耳金鉉で、君主は虚心でありながら中身があり、鼎がついに持ち上がる。上九は玉鉉で剛柔が調和し、事は円満に成る。
初六鼎顛趾,利出否,得妾以其子,无咎。鼎趾を顛にす。否を出だすに利し。妾を得て其の子を以てす。咎无し。
現代語で
鼎、趾を顛(さかし)まにす。否(わる)きを出だすに利し。妾を得て其の子を以てす、咎なし。
精読
初六は陰をもって陽位におり不当位、鼎の底にあって脚である。上の九四に応じ、陰が陽に従って動くので、鼎がひっくり返る。失態に見えて、実は古い鍋の滓を出すのにちょうどよい。小象は「未だ悖らざるなり」、理に反してはいない。「以て貴に従うなり」、位ある九四に従う。「妾を得て其の子を以てす」は、古人は「母は子を以て貴し」と解した。身分は低くとも賢い子によって正しい立場を得る。要は、新しいものを煮る前にまず古いものを出すことである。
もう一層深く
初六「鼎、趾を顛にす。否を出すに利し。妾を得てその子を以てす」。鼎は遯から変じた卦である。遯では初六は下卦の艮に属し、艮は少男、すなわち「子」である。九二と六五が入れ替わると、上に九三・九四・六五の互兌が現れる。兌は少女、妾であり、初六の正応である九四がその中にいる。子があるからこそ妾を得る。鼎足をひっくり返して滓を出すのは、下からの変動がかえって新しい余地を開くことを示す。
この爻を得たら
新しい始まりの前に、古い荷物と習慣を徹底的に片づけよ。見苦しい転倒が、かえって好機かもしれない。信頼できる人に従うこと。
九二鼎有實,我仇有疾,不我能即,吉。鼎に実有り。我が仇疾有り。我に即く能はず。吉。
現代語で
鼎に実あり。我が仇(あいて)疾あり、我に即く能わず、吉。
精読
九二は陽をもって陰位におり不当位だが中を得て、鼎の胴に入る。陽は実であり、ゆえに「鼎に実あり」。「仇」は相手、すなわち正応の六五である。六五は陰で陽位におり、九四・九三の剛に乗るので「疾あり」、しかも間に二陽を隔てるので、すぐには近づけない。小象は「之く所を慎むなり」、中身があるからこそ行き先を慎重に選べ。「終に尤なきなり」、二と五は結局応じ合い、最後に咎はない。
この爻を得たら
実力は手にあるが、まだ享受する時ではない。行き先と協力者を慎重に選べば、周囲の妨げは身に及ばない。
九三鼎耳革,其行塞,雉膏不食,方雨虧悔,終吉。鼎の耳革まり、其の行塞がる。雉の膏食はれず。方に雨ふらんとして悔を虧く。終には吉。
現代語で
鼎の耳革(あらた)まり、其の行塞がる。雉の膏食らわれず。方に雨ふらんとして悔を虧く、終に吉。
精読
九三は陽をもって陽位におり、四陽のうち唯一の当位だが、上九とは応じない。初六から六五までを拡大した坎と見れば九三はその中にあり、坎は耳なので、自分を鼎の耳だと思いこむ。しかし本当の耳は六五であり、ゆえに「鼎の耳革まる」、小象は「其の義を失うなり」。鼎は耳に棒を通して担いで運ぶ。耳を誤れば動けない。上の離は雉で、九三はその下、料理はまだ煮えておらず食べられない。互兌は沢・雨、雨が降れば事は転じる。位が正しいので、終には吉を得る。
もう一層深く
九三「鼎の耳革まる、その行塞がる、雉の膏食われず、方に雨ふりて悔を虧く」。上卦の離は雉で、鼎には肥えた雉肉があるのに、耳が壊れて持ち上がらない。九三は互兌のなかにあり、兌は沢で雨に通じ、また毀折で損なうことにも通じる。よいものがしばらく食べられないが、雨が降り陰陽が和めば悔いは減る。
この爻を得たら
自分の役割を見誤ったか見誤られたかで、動きが止まり、得るべきものもしばらく手に入らない。結末ばかり見ず、途中の曲折を辛抱強く越え、正しさを守れば局面は転じる。
九四鼎折足,覆公餗,其形渥,凶。鼎足を折り、公の餗を覆す。其の形渥たり。凶。
異文 「其形渥」は、一本に「刑」に作る。
現代語で
鼎、足を折り、公の餗(かゆ)を覆す。其の刑渥(あつ)し、凶。
精読
九四は陽をもって陰位におり不当位、公卿の位にあって下の初六に応じる。初六がすでに鼎の脚を逆さにしているので、それと結ぶ九四で鼎は傾覆する。互兌の中にあり、兌は毀折、ゆえに足を折る。兌はまた沢、粥が飛び散って身を濡らす。「餗」は珍しい粥の膳である。本書の経文は「其の刑渥し」に作り、通行本の多くは「形渥」で、身が濡れて見苦しい意とし、重刑と読む説もある。小象は「信如何ぞや」、託された信をどうするのか。繋辞下伝で孔子は「徳薄くして位尊く、知小にして謀大に、力小にして任重ければ、及ばざること鮮し」と言う。
もう一層深く
九四「鼎、足を折る。公の餗を覆す、その形渥る」。四は君主に近く重任を託された大臣だが、担いきれない。九四は互兌のなかにあり、兌は毀折で鼎の足が折れ、兌はまた沢でもあって汁が全身にかかる。「繋辞伝」はこの爻を引き、徳薄くして位尊く、知小にして謀大、力小にして任重ければ、及ばないことは稀だと戒める。
この爻を得たら
職責や計画が、今の徳・見識・力量を超えているかもしれない。自分の重さを正直に量り、断るべきは断り、力に応じて引き受けよ。機会だけを見てはならない。
秦の武王、鼎を挙げて臏を絶つ
戦国時代の秦の武王は力自慢で、力士と力比べをするのを好み、任鄙・烏獲・孟説らはそのおかげで高官となった。あるとき孟説と鼎を挙げる力比べをして膝の骨を折り、まもなく世を去った。孟説はその罪で一族を滅ぼされた。国の重器たる鼎を力自慢の道具にした結果、文字どおり「鼎、足を折る」となったのである。徳・知・力が足りないのに分不相応のものを担げば、傷つくのは自分だけではない。
六五鼎黃耳金鉉,利貞。鼎黄耳金鉉あり。貞しきに利し。
現代語で
鼎に黄耳金鉉あり、貞しきに利し。
精読
六五は陰をもって陽位におり不当位だが中を得て、九二に応じる。鼎の耳の位置である。黄は中央の色で、離の中爻は坤の土から得たものゆえ黄耳。卦は遯から変じ、六五はもとの上卦乾の位置に入ったので、乾の金をもって金鉉という。鉉を耳に通して鼎を担ぎ、ようやく鼎は動かせ、料理を人に供せる。小象は「中にして以て実と為すなり」。中道を内なる充実とし、虚心であるがゆえに賢才を受け入れられる。
もう一層深く
六五「鼎、黄耳金鉉」、上九「鼎、玉鉉」。鼎は耳と鉉があってはじめて持ち上がる。六五は君位で中にあるので黄、鼎の耳にあたる。上に立つ者が虚心で、人が力をかける所を作る。上九は位を退いた長老で、玉のように温かく堅い鉉が耳を通る。剛柔が調和するので「大吉、利しからざるなし」。
この爻を得たら
位も資源も備わり、事を成す条件は良い。中道と謙虚を保ち、有能な人を活かし、着実に正しさを守ればよい。
上九鼎玉鉉,大吉,无不利。鼎玉鉉あり。大いに吉にして、利しからざる无し。
現代語で
鼎に玉鉉あり、大吉にして利ろしからざるなし。
精読
上九は陽をもって陰位におり不当位だが、これこそ本当の鉉で、六五と相接する。もとは遯の上卦乾に属し、乾は金・玉。金は硬く玉は温潤で、陽爻が柔位にあって剛の中に柔を帯びるので、金が玉となる。小象は「剛柔節あるなり」。上九は尊位になく、功成って身を退いた、温厚で重みのある老臣のようである。鼎の料理はすでに煮え、担ぎ出して皆と分かち合える。「大吉にして利ろしからざるなし」、元吉に次ぐ吉である。
この爻を得たら
事は円満の段階に至った。剛と柔を兼ね、穏やかに節度をもって締めくくり、成果を皆と分かち合うこと。
書き下し文は本サイトによる。明治・大正期の公有訓読(漢文叢書『詩経書経易経』1922年、国立国会図書館デジタルコレクション)と照合した。
故事 典
楚の荘王、鼎を問う:徳に在りて鼎に在らず
春秋時代、楚の荘王は陸渾の戎を討って洛水に至り、周の境で兵威を誇示した。周の定王は王孫満を遣わして慰労させたが、荘王はいきなり周の九鼎の大小軽重を尋ねた。王孫満は答えた。「徳に在りて鼎に在らず」。昔、夏に徳があった時、遠方は各地の物の図を献じ、九州の長は銅を貢ぎ、鼎を鋳て万物を象った。夏の桀が昏乱すると鼎は殷へ移り、殷の紂が暴虐になると周へ移った。徳が美しく明らかなら鼎は小さくとも重く、邪で乱れていれば大きくとも軽い。そして「周の徳衰うと雖も、天命未だ改まらず。鼎の軽重、未だ問うべからざるなり」と結んだ。鼎の重さは青銅にあるのではなく、それを持つ者が「位を正し命を凝らす」かどうかにある。
人生への示唆 悟
鼎卦は、新しい局面をいかに安定させるかを説く。古い滓を出し、中身を入れ、煮えるのを辛抱強く待ち、最後に担ぎ出して分かち合う。最大の危険は九四にあり、それは外敵ではなく、自分の徳が位に見合わず、力が任に堪えないことである。機会が訪れたら、まず自分にその重さを担う力があるかを問え。断ることができるのも自由のうちである。目指すべきは「重きを挙ぐること軽きが若し」、深く修練を積めば重任を負っても余裕がある。鼎の尊さは結局、人が位を正し命を凝らせるかどうかにかかっている。