夬
43 / 64 · 下経
夬沢天夬(たくてんかい)
剛をもって柔を決し、決して和す
決断公明決して和す

卦名 名

「夬」は「決」に通じ、川の水が堤を破って溢れ出すさまをいう。そこから決断・決裂の意が生じる。積み重なったものが限界を越え、ついに一気に決するのである。

卦象 象

兌上卦 · 沢 · 說
乾下卦 · 天 · 健

下卦は乾(天)、上卦は兌(沢)。沢の水が天より高く持ち上げられ、今にも堤を切って落ちかかる姿である。卦形は五陽が下に連なり、一陰が頂に残る。五人の君子が力を合わせ、高位に居座る一人の小人を退けようとする局面だ。大壮にさらに一陽を加えた消息卦で、旧暦三月、春の終わりにあたる。

取象の重なり 層

一つの卦はいくつもの層で読める。八卦は一家の人々(父母・長中少の男女)、六爻は組織の位(新人から君主まで)、さらに自然現象や動物にもなる。層を一つ重ねるごとに、爻辞の意味が深まる。

一家として見る

下卦の乾は父、上卦の兌は少女である。五つの陽爻が下で支え、最上に陰爻が一つだけ座る。家の力はみな下にあるのに、末娘が上に陣取り、口のうまさ(兌は口)で地位を保っているようなものだ。皆が手を組んで彼女に降りてもらおうとする。理はこちらにあるが、やり方は公明で穏やかであるべきで、剛猛だけに頼ってはならない。

承乗比応 三爻

九三「頄に壮んなり、凶有り……独り行きて雨に遇う、濡るるが若くして慍らる」。九二・九三・九四も九三・九四・九五も互乾で、剛強が重なる。全卦で上六と応じるのは九三だけだ。皆が上六を除こうとするなか、ひとりだけ相手と私的なつながりがあり、単独で行って雨に濡れ、仲間に不満を持たれる。立場をはっきりさせてこそ誤解を招かない。

動物・取象 四爻

九四「臀に膚なし、その行くこと次且たり、羊を牽けば悔亡ぶ」。兌は羊である。昔、裁きに迷うと羊を引き出し、羊が突いた者を罪ありとしたという話があり、羊は決断の象となった。九四は陽が陰位にいて、座っても落ち着かず歩いても進まない。自分で強がるより、羊を牽くように皆の後について行けば、悔いは消える。

君臣・爻位 五爻

九五「莧陸夬夬たり、中行なれば咎なし」。君位は上六のすぐ下で、除くべき者にいちばん近い。莧陸は柔らかくすぐ生えてくる草で、何度も刈らねばならない。君主が身近な者を処するとき、厳しすぎたり情に流れたりしやすいので、「中行」を強調する。果断だが行き過ぎない。

綜卦

夬を逆さにすると天風姤になる。同じ五陽一陰だが、陰爻の位置が正反対である。夬の陰爻は頂にいて去ろうとし、姤の陰爻は最下にいて入ってきたばかりだ。一つの問題が片づいたとたん、次の問題が下で芽生える。小人を一人除いたあとも、入口の守りを忘れてはならない。

互卦(卦)

夬の二〜四爻、三〜五爻はともに乾で、互卦は純乾となる。内はすべて剛強で、そこに危うさがある。力が余れば力で人を従わせがちになる。卦辞が「戎に即くに利あらず」というのは、決断は公に宣し理を説いてなすべきで、武力によるべきではないという戒めである。

序卦 序

益而不已,必決,故受之以夬; 夬者決也。

〈序卦伝〉に「益而不已必決,故受之以夬;夬者,決也」とある。増す一方で止まることを知らなければ、満ちたものは必ず決壊する。川の水が堤を越えるのと同じで、だから益の次に夬が置かれる。

卦辞 辭

夬:揚于王庭,孚號,有厲,告自邑,不利即戎,利有攸往。

夬は、王庭に揚ぐ。孚ありて号ぶ。厲ふきこと有り。告ぐること邑よりす。戎に即くに利しからず。往く攸有るに利し。

卦辞の意はこうである。王の朝廷で明らかにし、誠をもって呼びかけるが、危うさがある。自らの邑から告げ知らせ、武力に訴えるのはよくない。進んでゆくのがよい。上六は九五の君のさらに上、まさに「王庭」にいる。これを退けるにはまず過ちを公にして正当性を得ねばならない。さもなくば居座り、去ったとしても解けぬ謎を残す。大勢はすでに君子の側にあり、兵を交える必要はない。進み続ければ最後の一陰も去り、純陽の乾となる。

彖伝 彖

彖曰:夬,決也,剛決柔也。健而說,決而和,揚于王庭,柔乘五剛也。孚號有厲,其危乃光也。告自邑,不利即戎,所尚乃窮也。利有攸往,剛長乃終也。

彖伝は夬を「剛決柔」と説き、「健而說,決而和」と添える。下の乾は健やか、上の兌は和らぎ悦ぶ。決意は固くとも手段は穏やかでよい、優位はすでに手中にあるからだ。「其危乃光」は罪と危うさを白日のもとにさらし、冤罪でないことを天下に知らしめること。「剛長乃終」は、陽の伸長にもまた終わりがあるという戒めである。

大象 象

象曰:澤上于天,夬;君子以施祿及下,居德則忌。

大象に「澤上于天,夬;君子以施祿及下,居德則忌」とある。天に上った沢の水は雨となって降り注ぐべきもの、だから君子は禄を下に分け与える。しかし自らを有徳と任ずることは厳に忌む。施しを徳として誇れば、たちまち追従が集まる。真に徳ある人は、自分が平凡で弱点も抱えていることを知っている。

六爻 爻

主爻 五陽一陰の卦では、最も少ない一爻が全体の性格を決める。ゆえに上六が主爻で、卦辞の「揚于王庭」「孚號」もこの爻を指す。実際にこれを処断する力を持つのは、すぐ下の九五である。

六爻の道筋:下から上へ

初九は最初から勢いで前へ出るが、足指に力を込めるだけで力不足、必ず敗れる。九二は警戒を怠らず夜も備えているので憂えることはない。下卦の頂にある九三は上六とひとりだけ私的なつながりがあり、単独で行って誤解されるので、立場を固めねばならない。上卦に入った九四は座るも歩くも落ち着かず、強がらず皆に従うのがよい。九五は上六のすぐ下で、果断に除きつつ中道を守る。最後の上六はいくら叫んでも無駄で、結末は凶である。

初九壯于前趾,往不勝為咎。前趾に壮んなり。往きて勝たざれば咎と為す。
位に当たる第4爻と応ぜず
小象 不勝而往,咎也。
現代語で

強さが前へ進む足先に現れる。進んでも勝てず、それが咎となる。

精読

初九は陽爻陽位で位は正しく、乾の底にあって動きたくてたまらない。しかし九四とは同じ陽で応がなく、目指す上六までは四つの陽爻を隔てる。大壮の初九は「壯于趾」、夬ではさらに「前趾」となり、はやる気持ちが一段と強い。小象は「不勝而往,咎也」と言い切る。勝てぬと知りつつ行くなら、咎は自分にある。

この爻を得たら

機はまだ熟さず、力も足りない。「潛龍勿用」のように動かずにいるべきで、焦って手を出せば徒労に終わる。

九二惕號,莫夜有戎,勿恤。惕れて号ぶ。莫夜に戎有るも、恤ふる勿れ。
位に当たらず中を得る第5爻と応ぜず
小象 莫夜有戎,得中道也。
現代語で

警戒して呼びかける。夜更けに兵の来襲があるかもしれないが、憂えるには及ばない。

精読

九二は陽爻陰位で位は正しくないが、下卦の中にあって剛を柔でやわらげている。九五とは同じ陽で応じない。卦の勢いは下から上へ向かい、九二が動けば三の位に至るため、乾の九三「夕惕若」の象を借りる。「莫」は暮れ、「惕」は乾九三の戒め、「號」と「戎」は卦辞に呼応する。小象の「得中道也」は、中を守るから警報にも乱れず、憂いがないということだ。

この爻を得たら

警戒と備えは怠らず、しかし慌てないこと。中道を守って進めば、夜の警報にも害されない。

九三壯于頄,有凶。君子夬夬,獨行遇雨,若濡有慍,无咎。頄に壮んなり。凶有り。君子は夬夬たり。独り行きて雨に遇ひ、濡るるが若くにして慍らるること有れども、咎无し。
位に当たる第6爻と応ず
小象 君子夬夬,終无咎也。
現代語で

強さが頬骨に現れれば凶。君子は決してまた決し、ひとり行って雨に遭う。濡れたようで不快を覚えるが、咎はない。

精読

九三は陽爻陽位、下卦乾の頂にあって剛の気が最も盛んである。五陽のうち上六と正応するのはこの爻だけで、皆の敵を退ける役目が最も重く、本人もその気になっている。「壯于頄」とは思いを顔に出すこと、事が漏れればかえって失敗する。群れを離れて上六に近づけば、陰陽が感じ合い、上卦の沢と相まって雨となり身を濡らす。仲間は敵と通じているのではと疑い、不快が生じる。小象は「終无咎」と言う。決意を貫けば、疑いはやがて晴れる。

もう一層深く
承乗比応

九三「頄に壮んなり、凶有り……独り行きて雨に遇う、濡るるが若くして慍らる」。九二・九三・九四も九三・九四・九五も互乾で、剛強が重なる。全卦で上六と応じるのは九三だけだ。皆が上六を除こうとするなか、ひとりだけ相手と私的なつながりがあり、単独で行って雨に濡れ、仲間に不満を持たれる。立場をはっきりさせてこそ誤解を招かない。

この爻を得たら

事を成したいなら、気取られぬよう落ち着いていること。相手と関わりがあると仲間に誤解されやすいが、甘んじて受け、立場を明確に保てば、いずれ晴れる。

劉備、箸を落とす

後漢の末、曹操が朝廷を牛耳っていたころ、車騎将軍董承は献帝の衣帯に縫い込まれた密詔を受けたと称して曹操誅殺を図り、劉備もその謀に加わった。まだ事を起こさぬうち、曹操は食事の席でさりげなく「今天下英雄,唯使君與操耳」と言った。劉備は思わず匙と箸を取り落とした。ほどなく劉備は兵を率いて都を離れ、やがて謀は露見して董承らは誅殺された。胸に大事を秘めた者が一言で色を失い、謀は漏れて潰えた。まさに「壯于頄,有凶」である。

《三國志・蜀書・先主傳》
九四臀无膚,其行次且。牽羊悔亡,聞言不信。臀に膚无く、其の行くこと次且たり。羊を牽けば悔亡ぶ。言を聞くも信ぜず。
位に当たらず第1爻と応ぜず
小象 其行次且,位不當也。聞言不信,聰不明也。
現代語で

尻に皮がなく、歩みは進みかねる。羊のように引かれてゆけば悔いは消えるが、その言葉を聞いても信じない。

精読

九四は陽爻陰位で位が正しくなく、落ち着いて座っていられない。初九とも同じ陽で応がなく、進退に窮する。だから「臀无膚,其行次且」という。上卦の兌は羊であり、自説を捨てて引かれるままに従えば悔いは消える。ところが九三は上六と応じ、九五は上六と比し、いずれも主爻と関わりを持つのに、九四だけは間に挟まれて拠り所がない。小象の「聰不明也」は、耳が聡くなく忠告が入らないことを言う。

もう一層深く
動物・取象

九四「臀に膚なし、その行くこと次且たり、羊を牽けば悔亡ぶ」。兌は羊である。昔、裁きに迷うと羊を引き出し、羊が突いた者を罪ありとしたという話があり、羊は決断の象となった。九四は陽が陰位にいて、座っても落ち着かず歩いても進まない。自分で強がるより、羊を牽くように皆の後について行けば、悔いは消える。

この爻を得たら

立場が気まずく力も足りないときは、信頼できる人に従い、無理に自分の案を通さないこと。何より、与えられた忠告に素直に耳を傾けよ。

九五莧陸夬夬,中行无咎。莧陸夬夬たり。中行なれば咎无し。
位に当たる中を得る第2爻と応ぜず
小象 中行无咎,中未光也。
現代語で

山羊のように決してまた決し、中を行けば咎はない。

精読

九五は陽爻陽位で中正、君位にあり、すぐ上に上六が乗っている。これを処断する責任は九五にあり、だから九三と同じく「夬夬」という。「莧陸」はここでは細い角の山羊と解し、九四の羊を受ける。古来、羊は邪な者を角で突く獣とされ、果断の象となった。しかし小象は「中未光也」と言う。尊位にありながら无咎にとどまるのは、上六をすぐには退けられず、中道がまだ光り輝くに至らないからである。

もう一層深く
君臣・爻位

九五「莧陸夬夬たり、中行なれば咎なし」。君位は上六のすぐ下で、除くべき者にいちばん近い。莧陸は柔らかくすぐ生えてくる草で、何度も刈らねばならない。君主が身近な者を処するとき、厳しすぎたり情に流れたりしやすいので、「中行」を強調する。果断だが行き過ぎない。

この爻を得たら

地位も責任もあなたにある。偏らず甘やかさず、果断に中を行うこと。ただ事はまだ終わっていない。まず咎なきを期し、機が熟すのを待て。

上司と合わないとき

新聞社に勤めるある人が、上司とどうにも合わず辞めようかと迷って占い、夬の九五を得た。夬は一陰が上にあり、爻の勢いは下から上へ進み、陰はまさに退こうとしている。膠着がいつまでも続くとは限らず、本人はただ中を守り正しくあればよい。その上司が小人かどうかは見方次第で、ある事で合わない人が別の事では恩人となることもある。そもそも扱いにくい上司に耐えられずして、どうして大任を担えようか。「中行」とは自らの道を正すこと、そして正しい人に近づくことでもある。

上六无號,終有凶。号ぶこと无し。終に凶有り。
主爻位に当たる第3爻と応ず剛に乗る
小象 无號之凶,終不可長也。
現代語で

もはや叫んでも無駄であり、ついには凶。

精読

上六は陰爻陰位で位は正しく、九三と応じるが、五つの剛の上に乗り、兌の口の極みにある。叫ぼうにも、もはや叫んで益はない。小象の「終不可長也」とは、この凶が時と位によって定まったもので、新たな過ちのためとは限らないということだ。五陽は迫り、卦は終わろうとしており、退くほかない。

この爻を得たら

大勢はすでに変わった。弁明も哀訴も役に立たない。しがみつくより、潔く身を引くほうが賢明である。

書き下し文は本サイトによる。明治・大正期の公有訓読(漢文叢書『詩経書経易経』1922年、国立国会図書館デジタルコレクション)と照合した。

故事 典

皋陶と罪を見分ける羊

伝説によれば、舜の世に皋陶は刑獄をつかさどる「士」であった。『孟子』で桃応が、舜の父瞽瞍が人を殺したらどうするかと問うと、孟子は「執之而已矣」と答える。皋陶はまさに法そのものであった。王充『論衡』はさらに、一本角の羊が生まれつき罪ある者を知り、疑わしい訴えでは皋陶がこれに突かせ、罪あれば突き、なければ突かなかったという説を伝える。羊が見境なく突いたらどうするのか、と今なら思うだろう。だがこの伝説は、羊が邪を決するという古代の観念とともに、是非を断ずることの難しさをも物語る。原告も被告も誠実に訴え、誰もが自分を正しいと信じている。夬が羊を果断の象とするのは、そうした世で、決然としつつ慎重に理に拠れと教えるためである。

《孟子・盡心上》;王充《論衡・是應》

結縄から書契へ

〈繋辞下伝〉に「上古結繩而治,後世聖人易之以書契,百官以治,萬民以察,蓋取諸夬」とある。書契とは刻まれた文字のことだ。夬の上卦兌は口・言、下卦乾は金、言葉を金に刻むところに文字が生まれる。文字があってこそ先人の経験は伝わり、政令には拠り所ができ、今日が昨日より良くなったかを確かめられる。夬の「揚于王庭」が公開と証拠を重んじるのも同じ精神である。事を明文にして明るみに置いてこそ、決断は揺るがない。

《周易・繫辭下傳》

人生への示唆 悟

夬は最後の一歩をどう踏むかを説く。情勢が有利なときほど、人は二つの誤りに陥りやすい。相手は一人きりだから追い詰めるまでもないという甘さと、すぐにも力ずくで片づけたいという焦りである。卦辞は第三の道を示す。公明正大に、決然としつつ穏やかに。『左伝』は悪を除くには「絶其本根,勿使能殖」と言うが、勝敗が決したなら手段は和らげてよい。上に立つ者は恩恵を下に施し、しかも徳を誇らない。六爻はさらに、同じ努力でも位と時によって結果が大きく異なることを示す。待つべきは待ち、忍ぶべきは忍び、退くべきは退くのである。

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