卦名 名
「旅」は家を離れて他郷に仮住まいすること。古い字形は旗の下を人々が行く姿で、もとは軍旅の意、のちに広く客旅をいう。「雑卦伝」は「親寡,旅也」と端的に述べる。家を出れば親しい者は少なく、何事も家にいるようにはいかない。
卦象 象


下卦は艮で山・止、上卦は離で火・明。山は動かず道端の宿のようで、火は山の上を走り燃え過ぎてゆく旅人のようである。野火は山を焼いて留まらない。どこも通過点で、どこも家ではない。それが羈旅の象である。
取象の重なり 層
一つの卦はいくつもの層で読める。八卦は一家の人々(父母・長中少の男女)、六爻は組織の位(新人から君主まで)、さらに自然現象や動物にもなる。層を一つ重ねるごとに、爻辞の意味が深まる。
一家として見る
下卦の艮は少男、上卦の離は中女である。旅路では、少男は宿で世話をする童僕で、山のようにその場にとどまる。中女は火で、山の上を燃え過ぎて止まらない、旅人その人である。旅人はどれほど遠くへ行っても、頼れる手助けと身を寄せる所が要る。童僕がいれば旅は安らかで、去れば危うくなる。
初六「旅して瑣瑣たり、これその災いを取る所なり」。初六は下卦の艮にあり、艮は少男、童僕である。旅に出たばかりで自分を卑しめ、小僮のようにこまごまと細かい。九四と正応するが艮の止にさえぎられ、志が窮まる。災いは自ら招いたものだ。
六二「旅して次に即き、その資を懐き、童僕の貞を得」。六二は中正で、六二・九三・九四の互巽にあり、巽は「利市三倍に近し」なので旅費は十分である。また下卦の艮にあり、艮は童僕で、忠実な召使いがそばにいる。金があり人の助けもあれば、旅は安らかだ。
九三「旅してその次を焚く、その童僕を喪う、貞なれども厲し」。九三は上卦離の火に接し、互巽にもあって巽は木なので、木の上に火があって燃え上がり、宿が焼ける。また九三・九四・六五の互兌にもあり、兌は毀折で、童僕が去る。六二では財であった同じ互巽が、九三では薪になる。他所にいながら剛すぎ驕れば、こうなる。
六五「雉を射て、一矢亡う。終に以て誉命あり」。上卦の離は雉である。六五は互兌にあり、兌は毀折なので矢を一本失う。しかし兌は口、悦でもあり、人に褒められる。また互巽にもあり、巽は風、命令で、爵命に通じる。旅人は小さな損をしても、最後には名声と任命を得る。
上九「鳥その巣を焚かる。旅人先には笑い後には号咷す。牛を易に喪う、凶」。上卦の離は鳥で、下を見れば九三が互巽にあり、巽は木なので、木の上の巣が焼ける。上九から見下ろすと、互兌(悦)が近く、互巽(泣き声のような風)が遠いので、先に笑い後に泣く。離はまた牛ともなり、国境で牛を失う。自分が客であることを忘れた旅人は、ついに帰る家を失う。
旅を逆さにすると雷火豊になる。豊は客で満ち用事の多い家、旅は家を離れて一人、親しい人の少ない身である。二卦は表裏をなし、盛況が居を失えば旅となり、旅人が謙虚に落ち着けば、ふたたび自分の豊を築くこともできる。
序卦 序
窮大者必失其居,故受之以旅。
「序卦伝」は「窮大者必失其居,故受之以旅」という。豊が極まれば、高大な屋敷に人影もなく、物極まれば反し、ついに住まいを失って旅に出る。「雑卦伝」は両卦を対にし、豊は故旧が多く、旅は親しい者が少ないとする。俗に「富めば深山にも遠い親類あり、貧しければ郷里にも旧友なし」という通りである。
卦辞 辭
旅:小亨,旅貞吉。
旅は、小しく亨る。旅は貞にして吉。
卦辞は「旅:小亨,旅貞吉」。旅はいささか通じ、正を守れば吉である。土地にも人にも不慣れな所で、通れるだけでも容易ではなく、大成は望めない。肝心なのは客の身であることをわきまえ、謙虚に分を守り、強がらず長居しないことだ。
彖伝 彖
彖曰:旅,小亨,柔得中乎外,而順乎剛,止而麗乎明,是以小亨,旅貞吉也。旅之時義大矣哉!
「彖伝」は「柔得中乎外,而順乎剛,止而麗乎明」という。六五が柔で外卦の中を得て上九に順い、下の艮は止まって上の離の明に付く。ゆえに小しく通じ、正を守って吉。結びは「旅之時義大矣哉」。この世に過客でない者がいようか。時に応じて進退を知ること、それが人生の大事なのだ。
大象 象
象曰:山上有火,旅;君子以明慎用刑,而不留獄。
「山上有火,旅;君子以明慎用刑,而不留獄」。山上の火は燃え過ぎるか消えるかで、留まることはない。君子はこれにならい、刑を用いるに明察と慎重をもってし、訴訟を滞らせない。訴えに巻き込まれれば時間も人も際限なく費やされる。明らかに速やかに決することが、人への思いやりなのだ。
六爻 爻
主爻 六五が主爻である。「彖伝」の「柔得中乎外而順乎剛」はまさにこの爻を指し、旅人の身の処し方の手本である。
六爻の道筋:下から上へ
初六は旅に出たばかりで細かいことにこだわり自分を卑しめ、災いを招く。六二は宿に入り、旅費を携え、忠実な童僕もいる。旅のなかで最も安らかな一段である。九三は下卦の頂で剛すぎて驕り、宿は焼け、童僕は去り、危うい。九四は上卦に入って身を寄せる所と斧を得るが、なお仮住まいで心が晴れない。六五は雉を射て矢を一本失う小さな損をするが、最後には名声と任命を得る。上九は高みにあって、木の上の巣が焼けるように、先に笑い後に泣き、国境で牛まで失う。自分が客であることを忘れた旅人は、ついに帰る所を失う。
初六旅瑣瑣,斯其所取災。旅して瑣瑣たり。斯れ其の災を取る所なり。
現代語で
旅にあってこせこせと卑しい。これは自ら災いを招くところである。
精読
初六は陰が陽位で不当位、最下にあって力が弱い。艮は少男・童僕で、使い走りのようにこせこせする。九四と正応するが、自らが艮の止の中にあり進めない。小象は「志窮災也」、志が窮して災いを招くという。旅先で控えめにするのは正しいが、卑屈になって志まで失えば禍の種となる。
もう一層深く
初六「旅して瑣瑣たり、これその災いを取る所なり」。初六は下卦の艮にあり、艮は少男、童僕である。旅に出たばかりで自分を卑しめ、小僮のようにこまごまと細かい。九四と正応するが艮の止にさえぎられ、志が窮まる。災いは自ら招いたものだ。
この爻を得たら
見知らぬ環境では謙虚で控えめに。ただし細かく計算し卑屈になってはならない。まず志を定めてから進むこと。
六二旅即次,懷其資,得童僕貞。旅して次に即き、其の資を懐き、童僕の貞を得。
異文 「得童僕」は、一本に「僮」に作る。
現代語で
旅の途中で宿に就き、懐に路銀を持ち、忠実な僮僕を得る。貞。
精読
「次」は宿。『左伝』荘公三年に軍の行止を「一宿為舍,再宿為信,過信為次」という。六二は柔が柔位で中正、旅にあって所を得ている。互巽は「近利市三倍」で「懷其資」、下の艮は僮僕で使える。六五も陰で応じず咎められかねないが、宿も財も助け手もあるので、小象は「終无尤也」、誰も非難できないという。
もう一層深く
六二「旅して次に即き、その資を懐き、童僕の貞を得」。六二は中正で、六二・九三・九四の互巽にあり、巽は「利市三倍に近し」なので旅費は十分である。また下卦の艮にあり、艮は童僕で、忠実な召使いがそばにいる。金があり人の助けもあれば、旅は安らかだ。
この爻を得たら
拠り所も資力も助け手もある。中正を守り、手元のものを生かし、余計な事を起こさぬこと。
九三旅焚其次,喪其童僕,貞厲。旅して其の次を焚かれ、其の童僕を喪ふ。貞なれども厲ふし。
異文 「喪其童僕」は、一本に「僮」に作る。
現代語で
旅の宿が焼け、僮僕を失う。このまま続ければ危うい。
精読
九三は陽が陽位で当位だが剛に過ぎ、上九も陽で応じない。互巽は木で上の離の火に接し、木に火がついて宿が焼ける。互兌は毀折で、下の艮の僮僕も去る。小象は「以旅與下,其義喪也」、行きずりの客の気持ちで下の者を使えば人心は離れるという。強い龍も土地の蛇には勝てない。旅先で強がれば損をするのは自分だ。
もう一層深く
九三「旅してその次を焚く、その童僕を喪う、貞なれども厲し」。九三は上卦離の火に接し、互巽にもあって巽は木なので、木の上に火があって燃え上がり、宿が焼ける。また九三・九四・六五の互兌にもあり、兌は毀折で、童僕が去る。六二では財であった同じ互巽が、九三では薪になる。他所にいながら剛すぎ驕れば、こうなる。
この爻を得たら
他人の領分では強気を収め、仕えてくれる人を尊び大切にすること。我を通せば立場はいっそう危うくなる。
九四旅于處,得其資斧,我心不快。旅して処る。其の資斧を得。我が心快からず。
現代語で
旅にあってある所に身を寄せ、路銀と斧を得るが、わが心は快くない。
精読
「處」はただのある所で宿ではなく、落ち着かない。九四は陽が陰位にあり、小象は「未得位也」という。互巽に「資」があり、上の離は戈兵で「斧」となる。初六と正応するが、初六は艮に止められ「志窮」で上がって来られず、九四は「心未快」となる。応じる二爻は呼応し、一方は窮し一方は鬱々とする。金があっても心は安らがない。旅に欠けるのは心を語れる相手である。
この爻を得たら
条件は揃っているようでも、位も人も得ていない。急いで落ち着こうとせず、その不安を認め、本当にふさわしい場と仲間を辛抱強く探すこと。
六五射雉一矢亡,終以譽命。雉を射て一矢亡ふ。終に以て誉命あり。
現代語で
雉を射て一矢を失うが、ついには誉れと爵命を得る。
精読
六五は陰が陽位で不当位だが中にあり、まさに「彖伝」の「柔得中乎外而順乎剛」である。離は雉・戈兵で雉を射る象。互兌は毀折で「一矢亡」、また口で誉れを得、互巽は申命で爵命を得る。尊位にあっても柔ゆえに上九に順う必要があり、小象は「上逮也」、上の引き立てを得るという。「雉」は「贄」に通じ、士が諸侯にまみえる際の手土産であった。
もう一層深く
六五「雉を射て、一矢亡う。終に以て誉命あり」。上卦の離は雉である。六五は互兌にあり、兌は毀折なので矢を一本失う。しかし兌は口、悦でもあり、人に褒められる。また互巽にもあり、巽は風、命令で、爵命に通じる。旅人は小さな損をしても、最後には名声と任命を得る。
この爻を得たら
小さな代価を惜しまず、礼をもって謙虚に名乗り出れば、やがて認められ支えを得る。一本の矢を惜しむな。
疆を出づれば必ず質を載す
古の士が君主にまみえるには手土産が要り、士の執るものは雉であった。『孟子』滕文公下篇は、孔子は三か月仕える君がなければ落ち着かず、「出疆必載質」、国境を出る時には必ず次の君への贄を車に載せていたと記す。これは媚びではなく、謁見を求める旅人の礼である。雉を射て一矢を失い誉れを得る。小さな出費で互いの敬意を成り立たせるのだ。
上九鳥焚其巢,旅人先笑後號咷。喪牛于易,凶。鳥其の巣を焚かる。旅人先には笑ひ後には号咷す。牛を易に喪ふ。凶。
現代語で
鳥がその巣を焼かれ、旅人は先に笑い後に号泣する。境で牛を失う。凶。
精読
上九は陽が陰位で不当位、九三も陽で応じず、両爻は同じ病を負う。九三は宿を焼き、上九は巣を焼く。離は鳥であり火であり、巣は巽の木の上にあるから、鳥がその巣を焼く。互兌の悦が前、互巽の風・号呼が後で、先に笑い後に泣く。「易」は「埸」に通じ境の意。卦の果てにあるから、失った牛の消息も聞こえない。小象は「以旅在上,其義焚也」、客の身で上に居座れば焼かれるのが道理という。
もう一層深く
上九「鳥その巣を焚かる。旅人先には笑い後には号咷す。牛を易に喪う、凶」。上卦の離は鳥で、下を見れば九三が互巽にあり、巽は木なので、木の上の巣が焼ける。上九から見下ろすと、互兌(悦)が近く、互巽(泣き声のような風)が遠いので、先に笑い後に泣く。離はまた牛ともなり、国境で牛を失う。自分が客であることを忘れた旅人は、ついに帰る家を失う。
この爻を得たら
客の身で上座に居座り、得意になってはならない。楽しみの極みは悲しみに転じやすい。今は身を低くし、早めに慎むこと。
書き下し文は本サイトによる。明治・大正期の公有訓読(漢文叢書『詩経書経易経』1922年、国立国会図書館デジタルコレクション)と照合した。
故事 典
孔子の諸国遍歴
孔子は五十代で魯の大司寇となり、目覚ましい治績をあげた。魯の強大化を恐れた斉は、歌舞に長けた女楽八十人と文馬百二十頭を贈った。季桓子はこれを受け、君臣は数日政務を顧みず、祭祀の後も胙肉を大夫に分けなかった。孔子はこうして魯を去った。出立前に旅の卦を得たとの伝説もある。以後十四年、弟子を連れて衛・陳・宋・蔡を巡り、鄭では「累累若喪家之狗」と評され、陳で糧が絶えても「君子固窮」と言った。この旅がなければ学問は患難の試練を経ず、多くの弟子も得られなかったろう。快適な部屋で人の道を説くことなら誰にでもできる。
天地は万物の逆旅
李白「春夜宴従弟桃花園序」は「夫天地者,萬物之逆旅;光陰者,百代之過客」と書き出す。逆旅とは宿のことだ。人生はもとより旅であり、どれほど大きな家を買っても持ってはゆけない。井の卦が「改邑不改井」というように、村は移せても井の水は運べない。西洋の哲学も人を「旅する人」(ホモ・ヴィアトール)と呼ぶ。人生を旅と見れば執着がほどけ、時に応じた進退もわかってくる。
人生への示唆 悟
豊は集まり、旅は散ずる。親しい者のいない地では、なおさら一歩ずつ慎重に、謙って分を守らねばならない。旅人の道は六爻に明らかだ。卑屈にならず、拠り所を持ち、強がらず、財があっても心は安らがぬと知り、小さく尽くして敬意を得、決して上に居座らない。人は皆過客であり、物を軽く持てば執着から自由になる。だが学問と徳が試され完成するのも、旅路と患難の中においてなのである。