大過
28 / 64 · 上経
大過沢風大過(たくふうたいか)
棟木がたわむとき、独り立ちて懼れず
棟橈慎み独立して懼れず

卦名 名

大過とは「大なる者過ぐ」の意である。易では陽を大とし、ここでは四つの陽爻が中央に連なって力が過剰となる。四陽二陰の卦は他にもあるが、四陽が一続きになって両端の陰が支えきれないのはこの卦だけだ。「過」は行き過ぎであると同時に、「通り過ぎる」、非常の試練を越える意にもなる。

卦象 象

兌上卦 · 沢 · 說
巽下卦 · 風 · 入

上卦の兌は沢、下卦の巽は風であり木でもある。〈大象〉は「沢、木を滅す」と言う。沼沢が樹木を呑み、生気が沈む、読むだけで圧迫を感じる象だ。家に喩えれば、中央の棟木が重すぎ、両端の支えが弱すぎて、たわむほかない。危機の時代であるが、転機にもなりうる。

取象の重なり 層

一つの卦はいくつもの層で読める。八卦は一家の人々(父母・長中少の男女)、六爻は組織の位(新人から君主まで)、さらに自然現象や動物にもなる。層を一つ重ねるごとに、爻辞の意味が深まる。

一家として見る

下卦の巽は長女、上卦の兌は少女で、外側は二人とも娘だが、中には四つの陽爻が押し込まれている。この家は両端を女性が支えているように見えて、実際の重みは真ん中に集まり、両端の支えは弱すぎる。棟木がたわむ姿である。爻辞は「老夫その女妻を得」「老婦その士夫を得」という。年の釣り合わない結びつきで、非常の時には非常の手段を用いるということだ。

動物・取象 初爻

初六「藉くに白茅を用う、咎なし」。巽は白、柔であり、初六は最下の陰爻で、地に敷いた白い茅のようだ。重い物を置く前に、まず柔らかく清らかな草を敷く。荷が重いほど慎重であれ、だから咎はない。

家族 二爻

九二「枯楊、稊を生ず、老夫その女妻を得」。九二は初六のすぐ上にある。初六は全卦で最も小さい陰爻で、少女、「女妻」である。九二は老夫。老木の根元から新芽が出て、年長者が若い伴侶を得てなお子をなせるので、「利あらざるなし」。枯れのなかに生気がある。

家族 五爻

九五「枯楊、華を生ず、老婦その士夫を得」。九五は上六と隣り合う。上六は最も高く、最年長の「老婦」で、九五は若い「士夫」である。枯れ木に花が咲いても実は結ばず、老婦が若い夫を得ても子はなせない。だから「咎なく誉れなし」。誤りではないが、称えるほどでもない。

互卦(卦) 三爻

大過の二〜四爻、三〜五爻はともに乾で、互卦は乾為天である。二つの乾が中に重なり、力はすべて棟木にかかる。九三はこの核の真ん中にあり、剛く強くて外の助けを借りないので「棟橈む、凶」。九四は初六と応じて支えを得るので「棟隆し、吉」となる。

錯卦

大過の六爻をすべて変えると山雷頤になる。頤は中が空いて養われるのを待ち、大過は中が満ちて、養いすぎ担いすぎている。両卦を並べると、いまの重圧の出どころが見えてくる。多くは前にとり込みすぎ、引き受けすぎたことによる。何が自分を養い、何を下ろすべきかを問い直すことになる。

序卦 序

不養則不可動,故受之以大過。

〈序卦伝〉に「養わざれば則ち動くべからず、故に之を受くるに大過を以てす」とある。頤で養いが整って初めて動く力が生まれるが、動けば行き過ぎやすい。また、十分に養われてこそ大きな試練を通過できる、という意味にも読める。

卦辞 辭

大過:棟橈,利有攸往,亨。

大過は、棟橈む。往く攸有るに利し。亨る。

「大過は、棟橈(たわ)む。往く攸(ところ)あるに利あり、亨る」。棟木がたわむのは中央が実に過ぎ、両端が虚に過ぎるからだ。それでも下卦の巽は「順う」性であり、勢いに沿って動けば道は開ける。じっとしていれば屋根が落ちるのを待つだけで、変化を求め、外に助けを求めるべきである。

彖伝 彖

彖曰:大過,大者過也。棟橈,本末弱也。剛過而中,巽而說行,利有攸往,乃亨。大過之時大矣哉!

〈彖伝〉は、棟がたわむのは「本末弱し」、初六と上六が柔に過ぎて支えきれないからだとする。だが「剛過ぎて中」、九二・九五は剛でも中を得、「巽にして説(よろこ)びて行く」から往けば亨る。程頤は、非常の大事を立て、不世の大功を興し、絶俗の大徳を成すのはみな大過の事だと言う。ゆえに「大過の時、大いなるかな」。

大象 象

象曰:澤滅木,大過。君子以獨立不懼,遯世无悶。

「沢、木を滅すは大過なり。君子以て独立して懼れず、世を遯(のが)れて悶(うれ)うること无し」。時代は選べない。乱世にあって「独立」とは群れを離れることではなく、原則に立つことである。恐るべきは挫折ではなく、意気阻喪して、好機が来ても奮い立てなくなることだ。

六爻 爻

主爻 〈彖伝〉の「剛過ぎて中」は九二・九五を指すので、これを主爻とする。なお《周易折中》は九二(剛中にして過ぎず)と九四(棟隆くして橈まず)を卦主とする。「棟」の象そのものは中央の九三・九四にある。

六爻の道筋:下から上へ

初六は最下にあり、白茅を敷く。重みがかかる前に慎重を尽くす。九二は枯楊に芽が出、老夫が若い妻を得る。重圧のなかでも新しい力は見つかる。九三は下卦の頂きで剛に頼り、棟木がたわむ。全卦で最も危うい点である。九四は上卦に入り、初六の支えを得て棟木が持ち上がるが、ほかに心を移せば悔いが残る。九五は枯楊に花が咲くようで、見た目は華やかでも実りはない。上六は川を渡って水が頭を越す。凶だが咎なし。非常の時に正しいことのための犠牲は責められない。

初六藉用白茅,无咎。藉くに白茅を用ふ。咎无し。
位に当たらず第4爻と応ず
小象 藉用白茅,柔在下也。
現代語で

白茅を敷いて供物を置く。咎なし。

精読

初六は陰爻が陽位にあって不当位、卦の最下にあり九四と正応する。下卦の巽は木・白で、柔らかい木が下にあるから白茅を象とする。頭上に四陽がのしかかるのを見て己の弱さを知り、戒慎をもって身を処す。小象は「柔にして下に在り」と言う。

もう一層深く
動物・取象

初六「藉くに白茅を用う、咎なし」。巽は白、柔であり、初六は最下の陰爻で、地に敷いた白い茅のようだ。重い物を置く前に、まず柔らかく清らかな草を敷く。荷が重いほど慎重であれ、だから咎はない。

この爻を得たら

形勢が自分より強いときは、一層の敬意と周到さを。費用はわずかで、大きな過ちを防げる。

孔子、白茅を論ず

〈繫辞上伝〉は孔子のこの爻への解を記す。「苟(いやし)くも諸(これ)を地に錯(お)きて可なり。之を藉(し)くに茅を用う、何の咎か之れ有らん。慎みの至りなり」。供物を地に直接置いてもよいところに茅を敷く、誰が咎めようか、と。茅は薄い物だが、用いれば重い働きをする。この慎みで進めば失うものはない。後世「諸葛一生ただ謹慎」と言われるように、慎みは決して小事ではない。

《周易・繫辭上傳》
九二枯楊生稊,老夫得其女妻,无不利。枯楊稊を生じ、老夫其の女妻を得。利しからざる无し。
主爻位に当たらず中を得る第5爻と応ぜず
小象 老夫女妻,過以相與也。
現代語で

枯れた楊が新芽を生じ、老夫が若い妻を得る。利ならざるなし。

精読

九二は陽爻が陰位にあり不当位だが中を得て、剛にして柔を兼ねる。九五とは応じず、下の初六に親しみ陰陽が合う。楊は沢辺に生え、沢に呑まれて枯れるが、稊(ひこばえ)は新しい枝で生気が残る。老夫少妻はなお子をなしうる。小象は「過ぎて以て相与す」と言う。

もう一層深く
家族

九二「枯楊、稊を生ず、老夫その女妻を得」。九二は初六のすぐ上にある。初六は全卦で最も小さい陰爻で、少女、「女妻」である。九二は老夫。老木の根元から新芽が出て、年長者が若い伴侶を得てなお子をなせるので、「利あらざるなし」。枯れのなかに生気がある。

この爻を得たら

枯れたように見えても、身近な思いがけない結びつきから生気は戻る。型にとらわれる必要はない。

九三棟橈,凶。棟橈む。凶。
位に当たる第6爻と応ず
小象 棟橈之凶,不可以有輔也。
現代語で

棟がたわむ。凶。

精読

九三は陽爻が陽位にあって当位だが、剛に剛を重ね、まさに大過の忌む「剛過ぎ」である。下卦にあって棟は下へ撓み、屋根はいつ落ちてもおかしくない。上六と正応するが、上六は弱く終局にあり、助けにならずかえって沢を木の上に引き下ろす。小象は「以て輔(たす)け有るべからず」。過剛は必ず折れる。

もう一層深く
互卦(卦)

大過の二〜四爻、三〜五爻はともに乾で、互卦は乾為天である。二つの乾が中に重なり、力はすべて棟木にかかる。九三はこの核の真ん中にあり、剛く強くて外の助けを借りないので「棟橈む、凶」。九四は初六と応じて支えを得るので「棟隆し、吉」となる。

この爻を得たら

力ずくで押し通そうとしないこと。姿勢を和らげ、自ら調整せよ。力むほど折れやすい。

九四棟隆,吉。有它吝。棟隆し。吉。它有れば吝。
位に当たらず第1爻と応ず
小象 棟隆之吉,不橈乎下也。
現代語で

棟が隆起する。吉。ほかに心を寄せれば吝。

精読

九三と九四は一位違いで凶と吉に分かれ、最も鮮やかな対照をなす。九四は上卦にあり棟は上へ隆起して家は保たれる。陽爻が陰位にあり、剛に柔を帯びて過剛に陥らない。初六と正応するので下からの引力が誘惑となり、そちらへ傾けば「它(ほか)の吝」がある。小象は「下に橈(たわ)まず」と言う。

この爻を得たら

局面を支え、重任を担える。ただ心を定め、脇からの誘惑に引き下ろされないこと。

九五枯楊生華,老婦得其士夫,无咎无譽。枯楊華を生じ、老婦其の士夫を得。咎も无く誉れも无し。
主爻位に当たる中を得る第2爻と応ぜず
小象 枯楊生華,何可久也。老婦士夫,亦可醜也。
現代語で

枯れた楊が花を咲かせ、老婦が若い夫を得る。咎もなく誉れもなし。

精読

九五は中正だが九二と応じず、上の上六に親しむ。上六は最も高い位にあるので「老婦」、未婚の男子を士と言ったので「士夫」である。稊(新芽)は伸びていくが、華(花)は咲けば散る。小象は「何ぞ久しかるべけんや」「亦た醜ずべきなり」と言う。次代へ続かないのである。

もう一層深く
家族

九五「枯楊、華を生ず、老婦その士夫を得」。九五は上六と隣り合う。上六は最も高く、最年長の「老婦」で、九五は若い「士夫」である。枯れ木に花が咲いても実は結ばず、老婦が若い夫を得ても子はなせない。だから「咎なく誉れなし」。誤りではないが、称えるほどでもない。

この爻を得たら

目の前の華やぎは長続きしない。功より無過を求め、一時の繁栄を根本と取り違えないこと。

上六過涉滅頂,凶,无咎。過ぎて渉り頂を滅す。凶なれども咎无し。
位に当たる第3爻と応ず剛に乗る
小象 過涉之凶,不可咎也。
現代語で

渉りて頂を滅す。凶なれど咎なし。

精読

上六は陰爻が陰位にあって当位、卦の終わりで「沢、木を滅す」水が最高に達する。九五の剛に乗り、九三と応じるが、棟の危機を深めるのみである。「凶」は現実の災い、「咎なし」は責められるべきでないこと。洪水の中を渡って遭難するのは、戦いの罪ではない。小象は「咎むべからず」と言う。

この爻を得たら

情勢は挽回できないかもしれないが、本分を尽くしたなら恥じることはない。自責ではなく、自らを保つことに力を注げ。

あなたのせいではない

夫の不倫に苦しむ女性が結婚について占い、大過の上六を得た。すでに「凶」とある以上、「咎なし」は災いがないという意味ではなく、責められないという意味である。結婚が危ういのは事実だが、それは彼女のせいではない。そう聞いて、彼女はその場で泣き崩れた。易は状況の真相を示すが、どう応じるかは自ら考えねばならない。人にできるのは、責めを受けない自分であることだ。

書き下し文は本サイトによる。明治・大正期の公有訓読(漢文叢書『詩経書経易経』1922年、国立国会図書館デジタルコレクション)と照合した。

故事 典

棺槨の起こり

〈繫辞下伝〉に「古の葬る者は、厚く之に衣するに薪を以てし、之を中野に葬る……後世の聖人之に易うるに棺槨を以てす、蓋し諸を大過に取る」とある。下卦の巽は木、上卦の兌は逆さにすれば巽でやはり木、中央の四陽は人であり、上下の木が人を包むのが棺槨の象である。《孟子・滕文公上》は葬礼の起源を語る。上古、親を葬らず溝に捨てた者が、後に通りかかると狐が食らい蠅がたかっていた。額に汗がにじみ、正視できず、帰って畚と鋤を取り亡骸を覆った。孟子はその汗は人に見せるためでなく内から出たものだと言う。終わりを慎む礼は、この忍びざる心から生まれた。

《周易・繫辭下傳》;《孟子・滕文公上》

大過の時の出版計画

ある講師が七十二回の哲学講義を録音し、学生がディスク化を勧め、費用を出すという人もいた。占うと大過、変爻なし。卦辞「往く攸あるに利あり」はどうにか可とも読めるが、大象の「沢、木を滅す」「世を遯れて悶うること无し」ははっきりしている。今は名を求める時ではない。両端の二陰は中央の四陽を支えきれず、力に任せれば梁が折れる。録音を調べると一部の音質が粗く聞き取りにくく、出せば苦情を招くところだった。計画は見送られた。

人生への示唆 悟

大過は非常の時である。中央が強すぎ根が弱すぎ、どこにも傾覆の恐れがある。明らかに良いのは九二と九四だけで、他は咎なしを得れば上出来だ。最も弱い初六は一束の白茅の慎みで咎を免れ、最も剛い九三は剛に過ぎて折れる。禍福を分けるのは強弱ではなく態度である。乱世に時代を恨んでも仕方がない。原則を守り、耐えて変化を待て。結果が思わしくなくとも、心に恥じなければ、それが「独立して懼れず、世を遯れて悶うること无し」である。

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