蹇
39 / 64 · 下経
蹇水山蹇(すいざんけん)
険を見て止まり、身を省みて徳を修める
険阻止まるを知る反身修徳

卦名 名

「蹇」の字は下部に「足」をもち、もとは足を傷めて歩みが難渋することをいう。そこから、一歩ごとに行き悩む境遇全般を指すようになった。蘇軾の「路長人困蹇驢嘶」の一句が、この字の姿をもっともよく伝えている。

卦象 象

坎上卦 · 水 · 陷
艮下卦 · 山 · 止

下卦は艮で山、上卦は坎で水。行く手を山がふさぎ、その上にさらに険しい水がある。障害が幾重にも重なる象である。〈彖伝〉は「見險而能止」と読む。坎は前方の険、艮はみずから止まることだ。屯・坎・蹇・困は四大難卦と呼ばれ、いずれも坎を含む。古人が水を険とみた感覚がうかがえる。

取象の重なり 層

一つの卦はいくつもの層で読める。八卦は一家の人々(父母・長中少の男女)、六爻は組織の位(新人から君主まで)、さらに自然現象や動物にもなる。層を一つ重ねるごとに、爻辞の意味が深まる。

一家として見る

下卦の艮は少男、上卦の坎は中男で、兄弟が前後に並ぶ。兄(坎)は前で険に陥り、弟(艮)は後ろで止まることを知る。「彖伝」は「険を見て能く止まる、知なるかな」という。いちばん年下の者が、かえって前へ突き進むべきでない時をよく知っている。蹇の知恵は、強行突破ではなく、止まり、引き返し、人と組むことにある。

互卦 初爻

初六「往けば蹇み、来たれば誉れあり」。初六が上へ動けば、すぐ六二・九三・六四の互坎にぶつかる。前に険があるので動かないのがよい。もし爻が変じて陽になれば、下卦は離となって光が生じる。止まり退くべき時を知ることが、かえって誉れを得る。

君臣・爻位 二爻

六二「王臣蹇蹇す、躬の故に匪ず」。六二自身が互坎のなかにあり、応ずる九五も上卦の坎にいる。二重の険難なので「蹇蹇」という。二は大夫、五は君王で、これほど苦労するのは自分のためでなく君主に応えるためである。国のために奔走し、会社の後始末に追われる人のように、つらいが責められるところはない。

君臣・爻位 五爻

九五「大いに蹇む、朋来る」。君位は上卦坎の真ん中にあり、全卦で最も大きな困難の所である。だが中正を守り六二と正応するので、友がおのずと助けに来る。指導者が大きな苦境に陥ったとき、最大の財産は日頃積み上げた信頼である。

君臣・爻位 上爻

上六「往けば蹇み、来たれば碩いなり、吉。大人を見るに利し」。上爻は局外にいる長老で、これ以上進む道はない。振り返って九五という「大人」を助ければ、かえって大きなことを成す。退いた者はもう突き進まなくてよいが、苦境のただなかにいる人に経験を手渡すことはできる。

綜卦

蹇を逆さにすると雷水解になる。蹇は山の前に水があって止まり、解は水の上に雷があって動く。困難と解放は一つの出来事の前半と後半である。まず蹇のなかで止まること、引き返すこと、仲間を得ることを学び、時が来てはじめて解の行動がある。

錯卦

蹇の六爻をすべて変えると火沢睽になる。険阻の裏にはしばしば人心の乖離がある。蹇の各爻がくり返し「来たる」、すなわち引き返し、つながり、友が来ることを説くのは、まさに睽を治す処方である。行き詰まったら、まずどこかの関係が切れていないかを問うてみるとよい。

序卦 序

乖必有難,故受之以蹇;蹇者難也。

〈序卦伝〉に「乖必有難、故受之以蹇。蹇者難也」とある。前の睽(けい)で人心が背き合えば、やがて一歩も進めなくなる。睽と蹇は順序で隣り合いながら、六爻がすべて反転した錯卦の関係にある。乖離と険難は、卦の形のうえでも表裏一体なのである。

卦辞 辭

蹇:利西南,不利東北;利見大人,貞吉。

蹇は、西南に利し。東北に利しからず。大人を見るに利し。貞にして吉。

卦辞は、西南に利あり東北に利あらず、大人に見えるに利あり、貞にして吉、という。後天八卦では西南は坤で、巽・離・坤・兌の陰の側に属し、東北は艮で、震・艮・坎・乾の陽の側に属す。したがって「利西南、不利東北」は方角の指示ではない。難局では柔順であれ、剛強に押し通すな、という意味である。『易』が西南・東北に触れるとき、「利東北」と言うことは一度もない。徳望ある人に教えを仰ぎ、原則を守り抜くことが求められる。

彖伝 彖

彖曰:蹇,難也,險在前也。見險而能止,知矣哉!蹇利西南,往得中也;不利東北,其道窮也。利見大人,往有功也。當位貞吉,以正邦也。蹇之時用大矣哉!

〈彖伝〉はいう。蹇は難であり、険が前にある。険を見て止まれるのは知である。西南に往けば中を得る。これは九五を指す。東北はその道が窮まる。大人に見えれば功があり、九五が位に当たって正しく、国を正す。結びの「蹇之時用大矣哉」は、一見よくない卦こそ時機に注意せよと教える。人生が終始順風であるはずはないのだから。

大象 象

象曰:山上有水,蹇;君子以反身修德。

「山上有水、蹇。君子以反身修德」。道がふさがったら、まず自分を省みる。『孟子』は「行有不得者、皆反求諸己」と言い、弓に喩えて、射て当たらなくても勝者を恨まず的を責めず、ただ己に求めよと説く。外の困難を徳を修める課題へ転じる、大象らしい教えである。

六爻 爻

主爻 九五が主爻である。〈彖伝〉の「往得中也」「當位貞吉、以正邦也」はいずれもこの爻を指す。卦の主として、最大の蹇を背負う爻でもある。

六爻の道筋:下から上へ

初六は初めから前は険と知り、止まってかえって誉れを得る。六二は王の臣として険の上に険が重なり、奔走して苦労するが自分のためではない。九三は下卦の頂で、前へは進みにくく、自分の場所へ引き返して、下の二陰を喜ばせる。六四は上卦に入り、前へは進みにくく、引き返して九三と手を組み、力をつなぐ。九五は困難のただ中にあり、日頃正しかったので友が次々に助けに来る。上六はすでに局外にあって進む道がなく、引き返して大人を助け、大きなことを成す。

初六往蹇,來譽。往けば蹇み、来れば誉れあり。
位に当たらず第4爻と応ぜず
小象 往蹇來譽,宜待也。
現代語で

進めば難に遭い、退けば誉れを得る。

精読

初六は陰爻が陽位にあって位に当たらず、同じ陰の六四とは応じない。一歩上れば六二・九三・六四の互坎に入るので「往蹇」となる。この卦は全体が「往」と「来」で貫かれ、進むのが往、進まないのが来である。小象の「宜待也」が示すように、いまの知恵は待つことにある。

もう一層深く
互卦

初六「往けば蹇み、来たれば誉れあり」。初六が上へ動けば、すぐ六二・九三・六四の互坎にぶつかる。前に険があるので動かないのがよい。もし爻が変じて陽になれば、下卦は離となって光が生じる。止まり退くべき時を知ることが、かえって誉れを得る。

この爻を得たら

無理に進むな。もとの位置に退いて時を待てば、かえって評価される。

六二王臣蹇蹇,匪躬之故。王臣蹇蹇たり。躬の故に匪ず。
位に当たる中を得る第5爻と応ず
小象 王臣蹇蹇,終无尤也。
現代語で

王の臣が難に難を重ねるが、それは己のためではない。

精読

六二は中正を得て九五と正応し、位置に申し分はない。だが自らは互坎の中にあり、応じる九五も上卦の坎にある。坎が二重なので「蹇蹇」という。「王」は必ず五の位を指すから、六二は王の臣である。「躬」は自身のことで、その苦労は君主の憂いを分け持つためのものだ。小象の「終无尤也」は、人に咎められず、自らも恨まないことをいう。

もう一層深く
君臣・爻位

六二「王臣蹇蹇す、躬の故に匪ず」。六二自身が互坎のなかにあり、応ずる九五も上卦の坎にいる。二重の険難なので「蹇蹇」という。二は大夫、五は君王で、これほど苦労するのは自分のためでなく君主に応えるためである。国のために奔走し、会社の後始末に追われる人のように、つらいが責められるところはない。

この爻を得たら

人や組織のために苦労を引き受けている。骨は折れるが、問題はあなたにない。誠実に務めれば咎はない。

誰のための苦労か

ある易の講座のあと、その場で占いの実演があった。坊主頭の高校生らしい若者が手を挙げ、蹇の六二を得た。問いは学業のことだった。解く者は二つだけ告げた。あなたの勉強はひどくつらい。そして、その勉強は自分のためのものではない。隣にいた母親が泣き出した。商売で成功した両親が彼をアメリカの高校へ送ったが、英語についていけず、毎日帰りたいと思いながら親に逆らえずにいたのである。解く者は答えを決めず、家で話し合うよう勧めただけだった。占いは真相を照らすが、選ぶのは本人である。

九三往蹇來反。往けば蹇み、来れば反る。
位に当たる第6爻と応ず
小象 往蹇來反,內喜之也。
現代語で

進めば難に遭うので、引き返す。

精読

九三は陽爻が陽位にあって位に当たり、上六と正応するから、本来は進もうとする。しかし外卦は坎で、外は険、内は止。険を見て引き返す。小象の「內喜之也」の「内」は、下にある初六・六二で、家族のようなものだ。戻ってくれば家の者が喜ぶ。初爻の下には何もないから、「内」を語れるのは三爻からである。

この爻を得たら

外へ進む道がふさがったら、もとの仲間や家族のもとへ戻るとよい。そこに本当の支えがある。

足をいたわる

ある学者が北京で二か月余り講義するにあたり、出発前に占って蹇の九三を得た。卦名には気が重くなったが、蹇の六爻には凶が一つもなく、難を知れば備えられると考え直した。さらに「蹇」の字の下にある「足」に着目し、滞在中は友人とたびたび足のケアに通い、数か月の奔走を足を痛めずに乗り切った。台湾に戻ると、学生や旧友が共に過ごす時間をいっそう大切にしてくれた。まさに小象の「內喜之也」である。

六四往蹇來連。往けば蹇み、来れば連なる。
位に当たる第1爻と応ぜず剛に乗る
小象 往蹇來連,當位實也。
現代語で

進めば難に遭い、戻れば人と結ばれる。

精読

六四は陰爻が陰位にあって位に当たるが、上卦の坎の中にいて、やはり進めない。初六とは応じないものの、下は九三と比し、上は九五を承ける。振り返って九三と結べば後ろ盾ができるので、小象は「當位實也」という。蹇の中では誰も前へ進めない。それなら手を組めばよい。柔の六四には、剛の九三よりそれがたやすい。

この爻を得たら

独力で進めないときは、同じ境遇の人と手を結び、確かな後ろ盾を得よ。

九五大蹇朋來。大いに蹇むも、朋来る。
主爻位に当たる中を得る第2爻と応ず
小象 大蹇朋來,以中節也。
現代語で

最大の難の中で、友が来る。

精読

九五は剛にして中正、一卦の主であるから、背負うのは「大蹇」である。「大」と呼べるのも陽爻だけだ。「朋」は正応の六二と、下から承ける六四で、どちらも呼応して助けに来る。小象の「以中節也」は、六二のいる艮が堅く節の多い木であることを踏まえ、九五が中を守り節度を保つことをいう。多くの難は自制の欠如から生じる。中を守り節度があれば、助けはおのずと来る。

もう一層深く
君臣・爻位

九五「大いに蹇む、朋来る」。君位は上卦坎の真ん中にあり、全卦で最も大きな困難の所である。だが中正を守り六二と正応するので、友がおのずと助けに来る。指導者が大きな苦境に陥ったとき、最大の財産は日頃積み上げた信頼である。

この爻を得たら

もっとも苦しい局面だが、中道を守って節度を保てば、助けはおのずと現れる。

上六往蹇來碩,吉;利見大人。往けば蹇み、来れば碩いなり。吉。大人を見るに利し。
位に当たる第3爻と応ず剛に乗る
小象 往蹇來碩,志在內也。利見大人,以從貴也。
現代語で

進めば難に遭い、戻れば大きな実りがある。吉。大人に見えるに利あり。

精読

上六は陰爻が陰位にあって位に当たり、蹇の終わりにいるので、前にはもう道がない。引き返せば九三と正応する。九三は下卦の艮の中心で、艮は木の実を表すから「來碩」、大きな実りを得るという。小象の「志在內也」は心が下卦に向かうこと、「以從貴也」は九五に寄り添い、貴い大人に従うことをいう。難局ではみな助け合うのに忙しく、上六が九五の剛に乗ることは問題にならない。

もう一層深く
君臣・爻位

上六「往けば蹇み、来たれば碩いなり、吉。大人を見るに利し」。上爻は局外にいる長老で、これ以上進む道はない。振り返って九五という「大人」を助ければ、かえって大きなことを成す。退いた者はもう突き進まなくてよいが、苦境のただなかにいる人に経験を手渡すことはできる。

この爻を得たら

これ以上突き進むな。手元の資源と賢者の導きに立ち返れば、実りはそこにある。

書き下し文は本サイトによる。明治・大正期の公有訓読(漢文叢書『詩経書経易経』1922年、国立国会図書館デジタルコレクション)と照合した。

故事 典

蹇驢いななく

宋の嘉祐年間、蘇軾・蘇轍の兄弟は科挙を受けに都へ向かう途中で澠池を通り、寺に宿を借りて壁に詩を書きつけた。数年後、鳳翔に赴任する蘇軾は再び澠池を過ぎ、〈和子由澠池懐旧〉を弟に送った。前半は「雪泥鴻爪」の比喩で人生の足跡のはかなさをうたい、結びの二句で往時を振り返る。「往日崎嶇還記否、路長人困蹇驢嘶」。蘇軾の自注によれば、その年は馬が途中で死に、驢馬に乗って進んだという。長い道、疲れた旅人、足を引きずる驢馬の声。これは蹇卦そのものの姿である。それでも兄弟は、その険しい道を越えていった。

蘇軾〈和子由澠池懷舊〉

仁者は射るがごとし

「反身修徳」のもっともよい注は『孟子』にある。「仁者如射。射者正己而後發、發而不中、不怨勝己者、反求諸己而已矣」。射る前にまず己の構えを正す。外れても勝者を恨まず、的の置き方のせいにもしない。孟子はまた「行有不得者、皆反求諸己、其身正而天下歸之」とも言う。人づきあいがうまくいかないとき、人はたいてい先に他人を責める。蹇の山と水は動かせない。変えられるのは自分だけである。

《孟子・公孫丑上》《孟子・離婁上》

曾子の三省

儒家の反省の伝統は曾子にさかのぼる。「吾日三省吾身。為人謀而不忠乎。與朋友交而不信乎。傳不習乎」。第三句は「師に伝えられたことを復習したか」と読まれがちだが、よく考えると無理がある。曾子は孔子より四十六歳年少で、孔子の没時はまだ二十代だった。前の二句は、人のために働き友と交わる大人の自省である。曾子はのちに多くの弟子を教えた。「傳」は弟子に伝えることで、『論語』子張篇で子夏が「孰先傳焉」と言うのと同じ意味である。つまり、人に教えていることを自分は実践しているか、という問いなのだ。

《論語・學而》《論語・子張》

人生への示唆 悟

二点間の最短距離は直線だが、人生はそうはいかない。蹇の四つの爻が「往蹇」と言い、引き返すたびによい結果が待っている。誉れ、家の喜び、盟友、そして実り。四大難卦の一つでありながら六爻に凶が一つもないのは、難を知れば備えられるからだ。通れなければ戻る。姿勢を柔らかくし、尊大にならず、まず己に求める。孔子の「臨事而懼、好謀而成」こそ、蹇に臨む心構えである。

関連する卦 通