既濟
63 / 64 · 下経
既濟水火既済(すいかきせい)
成し遂げた時こそ、憂いに備える
成就思患予防終われば始まる

卦名 名

「済」の本義は川を渡ること、「既」はすでにの意である。既済とは向こう岸に渡り終えたこと、転じて事が成就した状態をいう。だが一つの川を渡り終えても、渡るべき川が尽きたわけではない。

卦象 象

坎上卦 · 水 · 陷
離下卦 · 火 · 麗

上卦は坎(水)、下卦は離(火)。水は下へ流れ、火は上へ燃え上がるから、下の火が上の水を煮立て、両者が交わって用をなす。ちょうど飯が炊き上がった姿である。しかも六爻すべてが位に当たり、互いに応じ合う。六十四卦中これ一つという完璧な配置だが、完璧であるほど、少しの動きにも耐えられない。

取象の重なり 層

一つの卦はいくつもの層で読める。八卦は一家の人々(父母・長中少の男女)、六爻は組織の位(新人から君主まで)、さらに自然現象や動物にもなる。層を一つ重ねるごとに、爻辞の意味が深まる。

一家として見る

下卦の離は中女、上卦の坎は中男で、真ん中に生まれた二人が内と外に分かれ、ぴったり釣り合う。火が下、水が上にあり、それぞれの役目を果たす夫婦が飯を炊き上げるようだ。六爻はすべて位が正しく、すべて応じ合う。家の誰もが自分の場所にいる。だがすべてが整ったからこそ、最も要るのは守ることで、少しでも気がゆるめば下り坂が始まる。

互卦 初爻

初九「その輪を曳き、その尾を濡らす、咎なし」。初九の前には二つの坎がある。六二・九三・六四の互坎と上卦の坎である。坎は輪、曳くこと、また水である。初九は最下にいて、川を渡る狐が尾を水に浸すようだ。成ったばかりの局面では、まずブレーキを踏み、急いで突き進まない。

卦変 二爻

六二「婦その茀を喪う、逐うなかれ、七日にして得ん」。既済は泰から変じた卦で、泰の上卦坤は婦、下卦乾は首である。既済になると乾坤の象がともに消え、婦人の車の覆いの飾りがなくなる。六二はまた互坎のなかにあり、坎は盗で、盗まれたかのようだ。六二は中正なので追う必要はない。一爻が六位をめぐり、七日目におのずと戻る。

君臣・爻位 三爻

九三「高宗、鬼方を伐ち、三年にしてこれに克つ、小人は用うるなかれ」。九三は互坎と互離のあいだにあり、水と火がそろい、離は戈兵なので戦を語る。三は下卦の頂で、最もむき出しで突き進む力もある。殷の高宗は三年かけてようやく勝ち、代償は大きかった。成功のあとに最も怖いのは人選を誤り、苦労して得たものを立ち回りだけうまい者に任せることだ。

互卦 四爻

六四「繻に衣袽有り、終日戒む」。六四は離を出て坎に入る。下の離はあでやかな絹、上の坎は破れた古着である。上卦坎と互坎という二つの水に挟まれ、坎は憂いを加える。また互離のなかにあり、離は日なので「終日」。舟底の水漏れに備えて布切れを用意しておくように、平安のときに危うさを忘れない。

綜卦

既済を逆さにすると未済、六爻をすべて変えても未済、上下の卦を入れ替えても未済である。どう見てもこの二卦は互いに鏡像で、六十四卦でほかにこうなるのは泰と否だけだ。完成と未完成は一度の反転で隔てられているにすぎない。今日のあなたの「もう済んだ」は、見方を変えれば誰かの「まだ始まっていない」である。

互卦(卦)

既済の二から四爻は坎、三から五爻は離で、合わせて火水未済となる。完成の外見の下で、内側に働いているのは「未完成」である。水と火はすでに背き合い、なお動いている。だから卦辞は「初めは吉、終わりは乱る」という。乱れの種ははじめから内にある。

序卦 序

有過物者,必濟,故受之既濟。

『序卦伝』に「有過物者,必濟」とある。前の小過(しょうか)は常を少し越えることを説く。物事を越え出る力のある者は必ず事を成し遂げるから、次に既済が置かれる。

卦辞 辭

既濟:亨小。利貞。初吉終亂。

既済は、亨ること小なり。貞しきに利し。初めは吉にして終りは乱る。

卦辞にいう、「亨小,利貞,初吉終亂」。小さなことは通じ、正しく固く守るのがよい。初めは吉、終わりは乱れる。渡り終えたのになぜ乱れるのか。人が生きている限り、本当に終わる事など一つもないからだ。六爻が各々の位に落ち着けば、人はもう動きたくなくなる。だが天地に動かぬものはなく、ひとたび動けば完璧な配置は崩れる。「初吉」はやってよいという許しであり、「終乱」は終点に座り込むなという戒めである。

彖伝 彖

彖曰:既濟,亨,小者亨也。利貞,剛柔正而位當也。初吉,柔得中也。終止則亂,其道窮也。

『彖伝』によれば、通じるのは小なるもの、すなわち陰爻である。三つの陰爻がいずれも陽爻の上にあるからだ。剛柔ともに正しく位が当たっているので「利貞」。「初吉」は柔の六二が中を得ていることを指す。そして「終止則亂,其道窮也」――終点で止まれば、道はそこで行き詰まる。

大象 象

象曰:水在火上,既濟;君子以思患而豫防之。

「水在火上,既濟;君子以思患而豫防之」。内卦の離は明るさと思慮であるから、まず患いを「思」う。外卦の坎は険難であるから、それを「防」ぐ。事が円満で世が安らかなほど、安きに居て危うきを思い、雨の前に備えるのである。

六爻 爻

主爻 『彖伝』は「初吉,柔得中」で六二を指し、九五は中正にして尊位にあり六二と正応する。この柔と剛の二爻が、各々その位を得た既済の秩序を支えている。

六爻の道筋:下から上へ

初九は成ったばかりのときに車輪に歯止めをかけ、急いで進まないので咎がない。六二は車の覆いを失うが追う必要はなく、中正を守れば七日でおのずと戻る。九三は下卦の頂で、殷の高宗が鬼方を討って三年でようやく勝ったように、成功の代償は大きく、そのあとは特に小人を用いてはならない。六四は上卦に入り、あでやかな絹から古着へと移り、終日布切れを備えて水漏れに用心する。九五は君位にあり、牛を殺す盛大な祭りは質素で真心ある祭りに及ばないと教える。盛時ほど実質が大切だ。上六は最後に至り、川を渡る狐が頭まで濡らすように、完成した局面が極みで覆り、危うい。

初九曳其輪,濡其尾,无咎。其の輪を曳き、其の尾を濡らす。咎无し。
位に当たる第4爻と応ず
小象 曳其輪,義无咎也。
現代語で

車輪を引きとどめ、尾を濡らす。咎はない。

精読

陽爻が陽位にあって正しく、動こうとする勢いがあり、六四とも応じる。だが前方には互卦の坎と上卦の坎という二重の水がある。坎は車輪であり引くことであるから、車輪を引きとどめる。最下の爻は尾にあたり、尾はすでに濡れている。狐が川を渡るとき、尾が水に触れると重く垂れるのと同じだ。『小象』の「義无咎」は、今は踏みとどまるのが道理だという意味である。

もう一層深く
互卦

初九「その輪を曳き、その尾を濡らす、咎なし」。初九の前には二つの坎がある。六二・九三・六四の互坎と上卦の坎である。坎は輪、曳くこと、また水である。初九は最下にいて、川を渡る狐が尾を水に浸すようだ。成ったばかりの局面では、まずブレーキを踏み、急いで突き進まない。

この爻を得たら

まだ時ではない。足を止め、無理に渡ろうとしなければ過ちはない。

六二婦喪其茀,勿逐,七日得。婦其の茀を喪ふ。逐ふ勿れ。七日にして得ん。
主爻位に当たる中を得る第5爻と応ず剛に乗る
小象 七日得,以中道也。
現代語で

婦人が髪飾り(一説に車の簾)を失う。追い求めるな、七日で戻ってくる。

精読

陰爻が陰位にあり、中正を得て九五と正応する。この卦は泰(たい)の二爻と五爻が入れ替わってできたもので、下卦の乾(頭)の象が消えたため、婦人が髪飾りを失うとする。六二は互卦の坎(盗)の中にあるから、追いかけたくもなる。だが六爻を一巡して七歩目に元へ戻るので「七日得」。『小象』の「以中道也」は、中正を守る者が長く埋もれることはないと告げる。

もう一層深く
卦変

六二「婦その茀を喪う、逐うなかれ、七日にして得ん」。既済は泰から変じた卦で、泰の上卦坤は婦、下卦乾は首である。既済になると乾坤の象がともに消え、婦人の車の覆いの飾りがなくなる。六二はまた互坎のなかにあり、坎は盗で、盗まれたかのようだ。六二は中正なので追う必要はない。一爻が六位をめぐり、七日目におのずと戻る。

この爻を得たら

失った物や機会を慌てて追う必要はない。分を守り正しくあれば、時が来れば戻ってくる。

孔子、大司寇となる

「茀」を車の簾と解すれば、古代の男女の別にかかわる。婦人は簾を垂らした車で外出したので、簾を失えば出かけられない。『史記』によれば、孔子が魯で国政を執ると、三か月で道行く男女は道の左右に分かれ、落とし物を拾う者もいなくなった。そうした世では失せ物を追う必要はなく、落とした場所にそのまま残っている。まさに「勿逐,七日得」の光景である。

《史記・孔子世家》
九三高宗伐鬼方,三年克之,小人勿用。高宗鬼方を伐ち、三年にして之に克つ。小人は用ふる勿れ。
位に当たる第6爻と応ず
小象 三年克之,憊也。
現代語で

殷の高宗が鬼方を討ち、三年かかってようやく勝つ。小人を用いてはならない。

精読

陽爻が陽位にあって正しく、上六と応じる。下の離と上の坎の間にあり、互卦の坎と離にも挟まれている。離は武器や甲冑であり、水と火がぶつかるので戦いの象となる。『小象』はただ一字「憊」という。三年かかって勝つのは、力を使い果たしたということだ。大事を本当に成し遂げるのは容易ではない。そして成功間際には、一人の小人が全てを台無しにしうる。

もう一層深く
君臣・爻位

九三「高宗、鬼方を伐ち、三年にしてこれに克つ、小人は用うるなかれ」。九三は互坎と互離のあいだにあり、水と火がそろい、離は戈兵なので戦を語る。三は下卦の頂で、最もむき出しで突き進む力もある。殷の高宗は三年かけてようやく勝ち、代償は大きかった。成功のあとに最も怖いのは人選を誤り、苦労して得たものを立ち回りだけうまい者に任せることだ。

この爻を得たら

事は成るが、長く消耗する戦いを覚悟せよ。とりわけ人選を慎み、目先の利に走る者に大局を壊させてはならない。

武丁、鬼方を討つ

高宗とは殷王武丁、殷を中興した君主である。『史記・殷本紀』は、彼が政治を改め徳を行い、衰えた殷の道を再び興したと記す。『後漢書・西羌伝』によれば、殷が中衰すると四方の異民族が離反し、武丁に至って西戎の鬼方を討ち、三年でようやく平定した。賢君が国力を傾けてもなお三年。大業を締めくくるのはそれほど難しい。爻辞は凱旋を語らず、疲れだけを語る。成功の代価も勘定に入れよ、という既済の冷静さである。

《後漢書・西羌傳》;《史記・殷本紀》
六四繻有衣袽,終日戒。繻に衣袽有り。終日戒む。
位に当たる第1爻と応ず剛に乗る
小象 終日戒,有所疑也。

異文 朱子:繻當作濡

現代語で

美しい絹もやがてぼろとなる。終日、戒めを怠るな。

精読

陰爻が陰位にあって正しく、初九と応じ、上の九五を承ける。ちょうど離を出て坎に入る境目にある。下の離は鮮やかな絹、上の坎は破れと落とし穴である。上卦の坎と互卦の坎に挟まれ、坎は憂いを増すから、『小象』は「有所疑也」という。また互卦の離(日)の中にあるので「終日」といい、乾の九三「君子終日乾乾」を思わせる。

もう一層深く
互卦

六四「繻に衣袽有り、終日戒む」。六四は離を出て坎に入る。下の離はあでやかな絹、上の坎は破れた古着である。上卦坎と互坎という二つの水に挟まれ、坎は憂いを加える。また互離のなかにあり、離は日なので「終日」。舟底の水漏れに備えて布切れを用意しておくように、平安のときに危うさを忘れない。

この爻を得たら

順境から険しい局面へ移りつつある。良いものもいずれ古びる。一日中気を張り、ほころびは小さいうちに繕え。

九五東鄰殺牛,不如西鄰之禴祭,實受其福。東隣の牛を殺すは、西隣の禴祭して、実に其の福を受くるに如かず。
主爻位に当たる中を得る第2爻と応ず
小象 東鄰殺牛,不如西鄰之時也;實受其福,吉大來也。
現代語で

東隣が牛を屠って盛大に祭るのは、西隣のつましい春の祭(禴祭)が実際に福を受けるのに及ばない。

精読

陽爻が陽位にあり中正で、六二と正応する。天下は太平で、残るのは祭祀だけである。祭りの値打ちは誠と時宜にあって、規模にはない。牛を屠る大祭は財と権勢を示すにすぎず、春の野菜を供える方がかえって真心が見える。『小象』は「時」の一字を加え、「吉大來也」という。東隣・西隣は、東の殷と西の周を暗示するとも読める。一方は渡り終えた末にあり、他方はこれから川を渡ろうとしている。

この爻を得たら

飾り立てる必要はない。誠と時宜こそが要である。質素に誠実に行えば、福は確かなものとなる。

上六濡其首,厲。其の首を濡らす。厲ふし。
位に当たる第3爻と応ず剛に乗る
小象 濡其首厲,何可久也。
現代語で

頭まで濡らす。危うい。

精読

陰爻が陰位にあって位は正しいが、坎の険の極みにあり、陰で剛の九五に乗っている。初九は尾を濡らし、上六は頭を濡らす。川を渡り終えたのに、得意と油断から頭から水に落ちる。『小象』は「何可久也」と嘆く。成功の後に気力が沈んでゆくなら、長く続くはずがない。

この爻を得たら

成し遂げた後こそ、慢心と虚脱が怖い。余力のあるうちに、新しい始まりを見つけよ。

書き下し文は本サイトによる。明治・大正期の公有訓読(漢文叢書『詩経書経易経』1922年、国立国会図書館デジタルコレクション)と照合した。

故事 典

憂患に生き、安楽に死す

孟子は、舜が田畑から、傅説が土木工事の中から、管仲が獄吏の手から、百里奚が市井から登用された例を挙げ、天が大任を与える者はまず苦しめて鍛えると説いた。国も、内に法度を守る臣なく外に敵国の患いがなければ滅びやすい。そこで「生於憂患而死於安樂」を知るのである。既済は成功の頂に坎という憂患を置く。苦しい仕事の最中には闘志に満ちていた人が、大事を終え、あるいは退職したとたん空気の抜けた鞠のように萎んでしまうことは珍しくない。太平の日々ほど忘れられやすく、禍いは安逸の中でこそ育つ。

《孟子・告子下》

初吉の後、遠来の人をもてなす

ある人が読書会を始める日に占ったところ、変爻のない既済が出て、「初吉終乱」の文字に不安を覚えた。読み解いた者はこう述べた。既済は事がすでに整い、条件がそろっていることを示す。それが初吉である。だが易は変化を説き、爻がいつまでも動かぬことはない。結末を案じるより、途中に心を配るがよい。初めて来た人、とりわけ遠方から来た人を気にかけ、孤立させないこと。それが『論語』の「有朋自遠方來,不亦樂乎」の精神であり、「思患予防」を形にすることである。

人生への示唆 悟

既済は六十四卦で最も円満な配置でありながら、最も警戒を説く卦である。天道そのものに吉凶はなく、「終乱」は定められた罰ではない。成功の後に気を緩め、足を止めることが招くのだ。一つの事が終われば既済、次の事が始まれば未済。栄光の上に腰を下ろすより、患いを思い予め防ぎ、すべての終点を新たな起点とせよ。終われば、また始まる。

関連する卦 通