大畜
26 / 64 · 上経
大畜山天大畜(さんてんたいちく)
止まって蓄え、徳と学を厚く積む
蓄積健を止める徳を畜う

卦名 名

「畜」には、蓄える、養い馴らす、止める、の三つの意味がある。大畜は四陽二陰で、陽を大とするから「大をもって小を畜う」ものであり、また「大いに蓄える」と読んで小畜と対をなす。要は「畜とは止めること」である。貯水池も水が流れ続ければ溜まらない。まず止めてこそ蓄えられる。

卦象 象

艮上卦 · 山 · 止
乾下卦 · 天 · 健

上卦は艮(山)、下卦は乾(天)で、天が山の中にある。天は山より大きいのに山中に収められ、きわめて大きなものを蓄える象となる。下の乾の剛健なる力を、上の艮の篤実な重みが止めるので、力は外へ漏れず、沈殿して積み上がる。

取象の重なり 層

一つの卦はいくつもの層で読める。八卦は一家の人々(父母・長中少の男女)、六爻は組織の位(新人から君主まで)、さらに自然現象や動物にもなる。層を一つ重ねるごとに、爻辞の意味が深まる。

一家として見る

下卦の乾は父、上卦の艮は少男である。いちばん若い息子が上にいて、父の休みない剛健の力を止め、家のうちに収める。珍しい配置だ。家で最も年少の者がかえって門番となり、力を一気に使い果たさせず、養い沈めて、時が熟してから放つ。

互卦 二爻

九二「輿、輹を説く」。九三・六四・六五は互震で、震は大車である。九二はその下にあり、車体と車軸が外れた形になる。六五と応じて進むこともできるが、上に艮の山があるので、自ら車輪を外して止まる。中を得ているので、納得して止まり、過ちはない。

動物・取象 三爻

九三「良馬逐う。艱貞に利し。曰に輿衛を閑う」。乾は良馬で、九三はさらに互震(動)のなかにあり、駆け出したい。だが前には艮の山があるので、日々車を御し守りを練り、艱難のなかで正を守る。蓄えるとは動かないことではなく、走る力をまず鍛えることだ。

家族 四爻

六四「童牛の牿、元吉」。六四は上卦の艮に入っている。艮は少男なので「童」という。子牛の角が生えかけたところで横木をつけ、大きくなって人を傷つけないようにする。しつけは小さいうちから、問題が小さいうちに手を打つ。だから大吉である。

互卦 上爻

上九「天の衢を何う、亨る」。「何」は「荷」に通じ、そこに身を置く意。衢は四方に通じる大道である。下の互震は大道で、上九はその上、しかも天の位置にいる。蓄えが極まれば制限が解け、どこへでも通じる。

綜卦

大畜を逆さにすれば无妄である。无妄は長男が父の下で動き、大畜は父の力を少男が収める。一方は「動きが正しいか」を問い、一方は「収めきれるか」を問う。大畜を得て手を出したくなったら、无妄を振り返るとよい。まず動機を確かめ、それから力を放つかどうか決める。

交卦

上下の卦を入れ替え、天を上、山を下にすると天山遯になる。同じ父と少男でも、大畜では天が山に含まれて力が蓄えられ、遯では天が高く上にあって次第に遠ざかる。同じ力が、受け止められれば蓄積し、受け止めきれなければ退いていく。

序卦 序

有无妄然後可畜,故受之以大畜。

〈序卦伝〉は「有无妄然後可畜,故受之以大畜」という。无妄は真実で、浮つきも企みもない。その確かな土台があってはじめて内実を養い、大いに蓄えることができる。大畜と无妄は綜卦の関係にあり、一方は誠を、他方は蓄積を説く。

卦辞 辭

大畜:利貞,不家食吉,利涉大川。

大畜は、貞しきに利し。家食せずして吉。大川を渉るに利し。

卦辞は、貞しきに利ろし、家に食まずして吉、大川を渉るに利ろし、という。徳と学を蓄えた者は賢者となり、国に礼遇され、家で無為に食むことはない。政治が軌道に乗っている証である。もし世が乱れて仕えるべきでないなら、「利涉大川」、己の道を貫き、艱難の中を大股に進めばよい。「利涉大川」を含む卦は、いずれも乾か巽の力を備えている。

彖伝 彖

彖曰:大畜,剛健篤實輝光,日新其德,剛上而尚賢。能止健,大正也。不家食吉,養賢也。利涉大川,應乎天也。

〈彖伝〉は大畜を「剛健篤實輝光,日新其德」と説く。下の乾は剛健、上の艮は篤実で、そこから輝きが生じ、その徳は日々新たになる。「剛上而尚賢」は上九の剛が上にあって賢を尊ぶこと、「能止健,大正也」は剛健の進みを止めうるのは正の力によるということ。「不家食吉」は国が賢を養うこと、「利涉大川」は天に応じることである。

大象 象

象曰:天在山中,大畜;君子以多識前言往行,以畜其德。

大象は「天在山中,大畜;君子以多識前言往行,以畜其德」という。大畜は金を貯めよという教えではなく、徳を蓄えよという教えである。財は騙し取られも盗まれもするが、徳は失われない。君子は古人の言と行いを広く学んで記憶し、己の徳を養う。人は言と行いからなる。その両方で善きものに学ぶのである。

六爻 爻

主爻 〈彖伝〉の「剛上而尚賢」により、最上に剛としてある上九は蓄積が成就し道が大いに行われる所である。六五は柔にして尊位にあり、九二と応じて賢者を養う君である。両爻が相まって大畜を成す。

六爻の道筋:下から上へ

初九は出だしで、六四に前をふさがれる。「厲うきこと有り、已むに利し」、危うさを知ってまず止まる。九二は自ら車軸を外し、焦らず止まる。九三は良馬で駆け出せるが、日々車を御し守りを練り、艱難のなかを進む。六四は上卦に入り、子牛の角に横木をつけ、芽のうちに問題を処する。六五は君位で、豚を去勢して牙で人を傷つけないようにし、衝突を根本からほどく。上九で蓄えは完成し、「天の衢」、すべての道が通じる。

初九有厲利已。厲ふき有り。已むに利し。
位に当たる第4爻と応ず
小象 有厲利已,不犯災也。
現代語で

厲うきことあり、已むに利ろし。

精読

初九は陽が陽位にあって当位、剛にして動きたがり、六四と正応して勇み立つ。だが六四は上卦艮の中にあり、艮は止で、それを押しとどめる。「已」は止むこと。蓄えている最中に動き出すのは大畜の趣旨に背く。小象は「不犯災也」、止まるのは災いを招かぬためである。

この爻を得たら

逸る気持ちこそが危うい。静をもって動を制し、まず止まって土台を厚くすることだ。

九二輿說輹。輿、輹を説く。
位に当たらず中を得る第5爻と応ず
小象 輿說輹,中无尤也。
現代語で

輿、輹を説く。

精読

九二は陽が陰位にあって不当位だが、中を得て六五と正応し、これも進もうとする勢いがある。九三・六四・六五は互卦の震をなし、震は大車である。九二はその下にあって、車体と車軸が離れた姿となる。「輹」は両者をつなぐ木で、外れれば車は自ずと止まる。応じる六五もまた艮の中にある。小象は「中无尤也」、中にあって自らを守り、止まっても咎はない。

もう一層深く
互卦

九二「輿、輹を説く」。九三・六四・六五は互震で、震は大車である。九二はその下にあり、車体と車軸が外れた形になる。六五と応じて進むこともできるが、上に艮の山があるので、自ら車輪を外して止まる。中を得ているので、納得して止まり、過ちはない。

この爻を得たら

今は条件が前進を許さない。無理をせず、中道に安んじ、退くことで後の前進に備え、時を待つことだ。

九三良馬逐,利艱貞,吉。日閑輿衛,利有攸往。良馬逐ふ。艱しみて貞なるに利し。吉。日に輿衛を閑へば、往く攸有るに利し。
位に当たる第6爻と応ぜず
小象 利有攸往,上合志也。
現代語で

良馬逐う。艱しみて貞なるに利ろし、吉。日に輿衛を閑えば、往くところあるに利ろし。

精読

九三は陽が陽位にあって当位、乾の上にあり、乾は良馬、さらに互卦の震に入り、震は動であるから、駆け出そうとする。だが行く手には艮の山が立ちはだかるので「艱貞」となる。「日」は乾を日とすることから、「閑」は熟達するまで練ること、「輿」は震の車、「衛」は防衛である。九三と上九は共に陽で本来は応じないが、小象は「上合志也」という。蓄える卦において両者は志を同じくし、蓄えた力をともに発揮するのである。

もう一層深く
動物・取象

九三「良馬逐う。艱貞に利し。曰に輿衛を閑う」。乾は良馬で、九三はさらに互震(動)のなかにあり、駆け出したい。だが前には艮の山があるので、日々車を御し守りを練り、艱難のなかで正を守る。蓄えるとは動かないことではなく、走る力をまず鍛えることだ。

この爻を得たら

実力も勢いもある。だがまず日々鍛錬し、備えを万全にすることだ。艱難の中で正を守り、準備が整ってから出発せよ。

六四童牛之牿,元吉。童牛の牿なり。元いに吉。
位に当たる第1爻と応ず剛に乗る
小象 六四元吉,有喜也。

異文 「童牛之牿」は、一本に「告」に作る。

現代語で

童牛の牿。元吉。

精読

六四は陰が陰位にあって当位、初九と正応し、互卦の兌の中にあって兌は悦であるから、小象は「有喜也」という。「童」は艮を少男とすることから来る。経文の「告」は「牿」と読み、牛の角に渡す横木である。角は牛の本能の武器であるが、横木を付ければ突いてもまず木が当たり、害は小さく、やがて馴らされる。角を切る必要はない。害が利に転じるゆえに元吉である。

もう一層深く
家族

六四「童牛の牿、元吉」。六四は上卦の艮に入っている。艮は少男なので「童」という。子牛の角が生えかけたところで横木をつけ、大きくなって人を傷つけないようにする。しつけは小さいうちから、問題が小さいうちに手を打つ。だから大吉である。

この爻を得たら

問題がまだ小さいうちに枠をはめ、導くことだ。悪い癖や危うい衝動は、芽生えのうちに対処するのが最も易しい。

初めに止むれば易し

程頤は『程氏易伝』でこの爻を解して言う。「人之惡,止於初則易;既盛而後禁,則扞格而難勝。」悪習は頭を出したばかりのうちに抑えれば少ない力で済むが、根を張ってから禁じようとすれば至る所で抵抗に遭い、制しがたい。若い牛の角に横木を渡すのも同じ理で、角が硬くなり人を傷つけてから手を打つのでは遅い。子を育てるのも、己を治めるのも、この道理による。

程頤《程氏易傳》
六五豶豕之牙,吉。豶豕の牙なり。吉。
主爻位に当たらず中を得る第2爻と応ず
小象 六五之吉,有慶也。
現代語で

豶豕の牙。吉。

精読

六五は陰が陽位にあって不当位だが、中を得て尊位にあり、九二と正応するので、小象は「有慶也」という。艮は黔喙の属であり、豚の象がある。「豶」は去勢である。野猪は突進力が強く牙で人を傷つけるが、去勢すれば野性が消え、牙は脅威でなくなり、肥えて役に立つ。牙を抜くのではなく、根源から解くのである。「牙」を柵と読む説もあり、柵に入れても吉で、どちらも通じる。

この爻を得たら

問題と正面からぶつかるのではなく、その根を見つけて根本から解くことだ。上に立つ者は、とりわけ自らの欲を節すべきである。

上九何天之衢,亨。何ぞ天の衢なる。亨る。
主爻位に当たらず第3爻と応ぜず
小象 何天之衢,道大行也。
現代語で

天の衢を何う。亨る。

精読

上九は陽が陰位にあって不当位、九三とも応じないが、まさに〈彖伝〉のいう「剛上」である。「何」は「荷」に通じ、そこに立つ、担うの意。五・上は天位であり、「衢」は四方に通じる大道で、下の互卦震を大塗とすることから来る。蓄積が極まり、あらゆる条件が働き出す。小象は「道大行也」。六十四卦の上爻で「亨」というのはこの爻だけである。

もう一層深く
互卦

上九「天の衢を何う、亨る」。「何」は「荷」に通じ、そこに身を置く意。衢は四方に通じる大道である。下の互震は大道で、上九はその上、しかも天の位置にいる。蓄えが極まれば制限が解け、どこへでも通じる。

この爻を得たら

長い備えが生きる時が来て、道は四方に開けている。思い切って進めばよい。ただしそれが日々の蓄積の上にあることを忘れずに。

用いらるれば行い、舎てらるれば蔵る

なぜ大畜の上爻だけが「亨」なのか。大畜が求めるのは己のうちにあるからである。徳を修め学を治めるのは、自らの生を高めるためだ。『論語』は「古之學者為己」といい、「不患人之不己知,患其不能也」という。孔子は顔淵に「用之則行,舍之則藏,唯我與爾有是夫」と語った。備えの整った人は、用いられれば出て働き、用いられなければ泰然と退く。いずれにおいても通達を失わない。

《論語・述而》;《論語・憲問》

書き下し文は本サイトによる。明治・大正期の公有訓読(漢文叢書『詩経書経易経』1922年、国立国会図書館デジタルコレクション)と照合した。

故事 典

舜、善言を聞きて江河を決するが如し

『孟子』尽心上篇は、深山に住み、木石と居り鹿豕と遊んで、山中の野人とほとんど変わらなかった舜を描く。だが「聞一善言,見一善行,若決江河,沛然莫之能禦也」。聞き、見たのは他人の善言善行であり、それが内なる善へ向かう力を呼び覚まし、堤を破る大河のように溢れ出た。大象の「多識前言往行,以畜其德」はまさにこの姿である。徳の蓄積は他者の手本によって目覚めることが多く、人の本性に善へ向かう力があることを物語る。

《孟子・盡心上》

人生への示唆 悟

大畜の展開には味わいがある。まず止まってこそ蓄えられる。次に方法が要る。若牛や野猪のように、本能の危うさを早めに解いておくのである。そして蓄積が成れば、道は四方に通じる。蓄えるのは財ではなく徳と学であり、誰にも奪えない。君子は己に求め、備えが整えば、用いられれば行い、捨てられれば蔵れ、いずこにおいても亨る。

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